交通事故コラム

骨折

上腕の骨折

2020.08.11

①上腕骨近位端骨折

(1)概要

上腕骨は肩関節から肘関節をつなぐ骨で、上腕骨近位端骨折は、肩関節付近を骨折した状態です。

肩関節は、人体で最大の可動域を持つ関節なので、同じ上腕骨近位端骨折でも、若年者と高齢者の同骨折では、医学上治療のゴールが異なると考えられています。すなわち、一般に、若年者の場合には、肩関節の可動域をはじめ帰納的に受傷前の状態に復元することが目標とされますが、高齢者に対しては、痛み、特に夜間痛のない方関節で自分の身体のすべての部分に手が届くように治療することが目標となります。

受傷機転は、長軸方向に加わる介達外力が最も多く、次に最大挙上位における回旋強制や外側からの直達外力が続きます。この場合には、大結節単独骨折や外科系骨折が生じやすいとされています。

詳しくは医学文献に譲りますが、上腕骨近位端骨折の分類としてNeer分類とAO/OTA分類というものがあります。それぞれ、どの類型・グレードにあたるかによって、治療を左右する因子や、後遺障害の残存可能性が異なるとされています。

(2)症状

骨折部位の疼痛(痛み)、腫脹(腫れ)、肩関節可動域制限

(3)認定されうる後遺障害等級(疼痛等感覚障害以外)

後遺障害等級第10級10号 1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
後遺障害等級第12級6号 1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの

(4)必要な検査など

ア レントゲン撮影

レントゲンでは、骨折線の確認とともに、脱臼の有無なども確認します。骨折だけに注目して、脱臼や脱臼骨折などの見落としがないようにしなければなりません。

イ MRI

MRI検査は、骨折に伴う軟部組織の損傷を確認するために有用です。上腕骨近位端骨折の場合には、腱板断裂(腱板損傷)や、その他の軟部組織損傷が併発している可能性もあります。

ウ インピンジメントの有無の確認

肩の障害の場合には、インピンジメント兆候の有無を確認してもらいます。インピンジメント兆候の有無で治療内容が変わることもありますし、変性を伴う障害なのか新鮮なものなのかを判断できることもあります。

エ 臨床所見

検査ではないですが、初期の臨床所見の確認が最も重要です。急性期には、自発痛、腫脹、骨折部に一致した圧痛、運動時痛、変形など骨折に共通した症状を呈し、診断は容易だとされています。それにもかかわらず初診時の検査所見上、疑いレベルであれば、因果関係が否定されるかもしれません。

オ CT

アの検査やエの所見で骨折が疑われると、CT検査が施行されることが多いです。CTは骨折の態様や骨折線の詳細などがわかるので、もしレントゲンのみで上腕骨近位端骨折が診断されて、CT撮影がなされていない場合には、主治医の先生にCT撮影をお願いしてみましょう。逆に、CT撮影すらされていない場合には、本当に事故による骨折なのか、疑義が呈される恐れもあります。

(5)注意点

上腕骨近位端骨折を原因とする症状について、後遺障害を申請する場合の注意点は、以下のとおりです。

① 受傷機転を確認する。

上に述べたとおり、上腕骨近位端骨折の診断は、容易とされています。そのため、受傷機転が問題になることは少ないと考えられます。

しかしながら、低速度での追突の場合など、上腕骨近位端骨折がおよそ起こりえないと思われるような受傷機転の場合、「事故による骨折ではない」として因果関係が否定される可能性があります。仮にそのような場合でも、肩をドアにぶつけなかったか、ハンドルを持ったまま踏ん張る形で肩に圧力がかからなかったかを確認する必要があります。「骨折」という診断名がついているからといって、因果関係の確認を怠らないようにしてください。

② 周辺組織の損傷を確認する。

上腕骨近位端のみがピンポイントで受傷することもあるのですが、外傷により上腕骨近位端が骨折する場合、脱臼(亜脱臼を含む)や軟部組織の損傷などが併発していることもあります。周辺組織の新鮮外傷の痕跡があれば、上腕骨近位端骨折も新鮮損傷であることが推認できますので、周辺組織の損傷を確認することが大事です。また、腱板損傷や脱臼骨折の場合の関節唇損傷が併発していた場合、単独損傷の場合に比して肩関節部の痛みや可動域が続く場合もあるので、予後や後遺障害の予測を立てる際にも、軟部組織損傷の有無の確認は必須です。

③ MRI、CTなど必要な検査をお願いする。

軟部組織損傷の確認において、MRIは必須の検査です。また、骨折の態様の確認には、CTが適しています。事故後数か月してMRIやCTを撮影し、軟部組織損傷や骨折痕が判明しても、それが事故直後から生じていたことの立証にはなりません。

④ 脱臼が伴う場合には、反復性脱臼の後遺に注意する。

肩関節部の受傷の場合で、脱臼を伴う病態の場合には、症状固定後も脱臼が発生する反復性脱臼が生じうる可能性があります。反復して脱臼が起こってしまう場合には、脱臼の発生・整復というメカニズムに従って、その周囲の軟部組織も徐々に損傷していく可能性が高いですので、反復性脱臼後遺の可能性と、予後の確認を怠らないようにしてください。

②上腕骨骨幹部骨折

(1)概要

肩関節と肘関節の間の中央部付近を骨折した状態です。

上腕骨は比較的太い骨ですので、発生頻度としては全骨折の1~3%、全上腕骨骨折の中でも14%程度と、発生頻度としては稀といえます。

しかしながら、上腕骨骨幹部は、手の方向に走行する末梢神経が骨に近接して走行するため、末梢神経損傷を合併しやすいという特徴があります。

(2)症状

・骨折部位の疼痛、腫脹、変形癒合、偽関節(骨折部位で骨がつかない)、肩関節可動域制限

橈骨神経指を伸ばしたり、手を手の甲側に回転させる筋肉の運動にかかわる神経) 麻痺による手首の可動域制限

(3)認定されうる後遺障害等級

後遺障害等級第7級9号  1上肢に偽関節を残し、著しい運動障害を残すもの
後遺障害等級第8級8号 1上肢に偽関節を残すもの
後遺障害等級第10級10号 1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
後遺障害等級第12級6号 1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの
後遺障害等級第12級8号 長管骨に変形を残すもの

(4)必要な検査など

ア レントゲン・CT・MRI

上腕骨幹部骨折は、まずはレントゲンで確認します。しかしながら、症状固定時にきちんと癒合しているか、癒合しているとしても不整癒合や変形癒合がないかは、CTで確認する必要があります。また、場合によっては、骨折の転位が高度で、偽関節化してしまっている場合もあります。そのため、医学上の必要性がないなどの事情がない限り、少なくとも初診時付近と症状固定時付近には、CT撮影をご担当医師にご依頼いただくことをお勧めします。

イ 電気生理学的検査

上腕骨骨幹部部分には、骨の近くを橈骨神経という神経が走行しており、上腕骨や橈骨の骨折に併発してこの神経が損傷すると、神経損傷の部位によって下垂手(手がだらんとしたに下がってしまう状態)や下垂指(指がだらんとしたに下がってしまう状態)が生じます。特徴的なのは、知覚などの感覚障害は生じないという点です。あくまでも運動障害のみが生じるのが一般的とされています。

橈骨神経麻痺を医学的に証明する手段として、後遺障害等級認定実務では、神経伝達速度検査などの電気生理学的検査にて異常が認められることが必要と考えられています。

(5)注意点

① 症状固定時ないしは症状固定に近い時期にCTの撮影をお願いする。

一般に、骨幹部骨折は、レントゲンで経過を追います。そのため、症状固定を迎えても、ふたを開ければCTは初回ないしは手術後のみ撮影されており、症状固定時付近には撮影されていないことが多々あります。そのため、症状固定時ないしは症状固定に近い時期に、主治医の先生にCT撮影をお願いしましょう。

② 橈骨神経麻痺が生じていないか確認する。

(4)のとおり、橈骨神経麻痺が疑われる場合には、電気生理学的検査を施行していただく必要があります。この検査機器はどこにでもあるものではないですし、検査技師の腕にも左右される検査手法ですので、主治医の先生と相談して、早めの検査予約をお願いしたほうが良いと考えます。

③ 偽関節、変形障害の隠れた要件

偽関節は、簡単に言うと、関節でない部分が関節化してしまった、という状態を指します。癒合不全の状態を「偽関節化」と診断してくださる医師もいらっしゃいますが、癒合不全の状態と偽関節の状態とは、後遺障害の認定実務上は、厳密には異なります。「癒合不全の状態が高度で、関節でない部分が関節化してしまっている状態」が認定実務上の偽関節の状態なので、単に診断書に「偽関節化」と書いているから偽関節の後遺障害等級に該当すると軽信するのではなく、以上の状態に達しているかを確認する必要があります。

同様に、変形障害についても「骨が盛り上がって癒合してしまった」という状態では、仮に変形障害の要件(15度以上屈折して不正ゆ合したもの)が備わっていたとしても、後遺障害の認定実務上は、変形障害とは認められないことが多いです。変形障害は、「変形を残すに足る骨折態様」が隠れた要件とされていると考えられており、転位の有無などを確認して変形を残すに足る骨折態様だったことを立証する必要があります。外見上、「盛り上がっていることがわかる」ような場合には、写真を添付して後遺障害を申請することをお勧めします。

④ 「手術=後遺障害を残すほどに重症」とは限らない

上腕骨骨幹部骨折に限った話ではありませんが、上腕骨骨幹部骨折は、特に手術を行ったからといって、イコール重症とはいえない点が重要です(そもそも、骨折しているので重傷といえば重傷なのですが、ここにいう「重症」とは、後遺障害を残すほどに重傷か、という意味でとらえていただけると幸いです。)。

上腕骨骨幹部骨折は、従来、非荷重であること、血流が豊富であること、大きな筋肉に囲まれ外見上変形が目立たないこと、変形治癒をしたとしても肩甲帯の代償能力が高いことから、保存療法が適応とされてきました。しかしながら、近年は固定材料の改良などにより医学的・社会的適応の幅が広がり、早期社会復帰目的のために手術を選択する先生や患者も増えてきており、手術の適応が拡大傾向が顕著とされています。

以上のとおり社会的適応も相まって、「手術=後遺障害を残すほどに重傷」と短絡的に捉えるのは控えたほうがよい病状だといえます。

この記事の監修者弁護士

小杉 晴洋 弁護士
小杉 晴洋

被害者側の損害賠償請求分野に特化。
死亡事故(刑事裁判の被害者参加含む。)や後遺障害等級の獲得を得意とする。
交通事故・学校事故・労災・介護事故などの損害賠償請求解決件数約1500件。

経歴
弁護士法人小杉法律事務所代表弁護士。
横浜市出身。明治大学法学部卒。中央大学法科大学院法務博士修了。

所属
横浜弁護士会(現「神奈川県弁護士会」)損害賠償研究会、福岡県弁護士会交通事故被害者サポート委員会に所属後、第一東京弁護士会に登録換え。