慰謝料
講演内容 傷害慰謝料・入通院慰謝料(弁護士小杉晴洋)
2020.09.19
第1 傷害慰謝料(入通院慰謝料)基準のあてはめと特殊事情
1 慰謝料一般論
被害者の被った精神的・肉体的苦痛による損害(非財産的損害)をてん補するのが慰謝料である(民法第710条)。もともと裁判官の裁量が大きい損害項目であり、その性質上、出損や事故前の現実収入のような算定の基礎とするものもないため、定額化が最初に行われた損害項目である。したがって、交通事故から一般的に生じる精神的苦痛(日常生活や就労における苦痛、治療を余儀なくされる苦痛、事故当事者として紛争解決に関わらなければならない苦痛など)は、通常は基準額で評価されていると扱われることになる。増額を主張する場合は、それが当該事故から通常考えられる精神的損害を超えるものが発生していることを裏付ける事実を具体的に主張・立証することが必要である。
訴訟において、請求の段階から慰謝料を基準額で主張する必要はない。どのような事案でも当該被害者に訴えるべき特殊事情があるはずであるから、被害者側弁護士はその事実を摘示して基準額より多い慰謝料を認めるよう主張すればよい。
2 傷害慰謝料(入通院慰謝料)基準へのあてはめについて
大阪だといわゆる緑本、名古屋だといわゆる黄色本など地域による特色はあるが、多くの裁判所が基準相場として依っている赤い本の基準へのあてはめについて考察する。
⑴ 傷害慰謝料(入通院慰謝料)相場となる別表Ⅰと別表Ⅱの選別
傷害慰謝料(入通院慰謝料)については、原則として別表Ⅰを使用する。
むち打ち症で他覚所見がない場合、軽い打撲・軽い挫創(傷)の場合は別表Ⅱを使用する。
以上が赤い本の基準あてはめについての立場であるが、まとめると、①むち打ち症で他覚所見がない場合、②軽い打撲・軽い挫創(傷)の場合が例外的に別表Ⅱで、それ以外は別表Ⅰという立場に立っていると考えられる。
⑵ 原則として入通院の日数ではなく期間を基礎とする
別表Ⅰも別表Ⅱも入通院期間を基礎とすると記されている。
ア 被害者の傷害慰謝料(入通院慰謝料)算定上不利な例外‐実日数ベース‐
(ア) 別表Ⅰは3.5倍ルール
通院が長期にわたる場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。
これが赤い本の立場であるが、「慰謝料基準改定に関する慰謝料検討PT報告」によると、「実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすること『も』ある。」としたのは、通院期間が原則であり、実日数の3.5倍の期間を慰謝料算定の基礎とするのは例外的なものであることを示すためであると記されている(平成28年赤い本下巻講演録95頁)。
なお、「長期」についての目安は示されていないが、交通事故損害額算定基準‐実務運用と解説‐(いわゆる青本)26訂版170頁~171では、3.5を乗じる通院長期の例として「1年以上」と記されている。
(イ) 別表Ⅱは3倍ルール
通院が長期にわたる場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。
これが赤い本の立場であるが、従来の赤い本では、「この場合(注:別表Ⅱを使用する場合),慰謝料算定のための通院期間は,その期間を限度として,実治療日数の3倍程度を目安とする。」と断定的に記されていた。「慰謝料基準改定に関する慰謝料検討PT報告」によると、通院期間が短期の場合別表Ⅱの基準よりかなり高い金額が認定されている傾向が認められ、むち打ち症に関して「実通院日数の3倍程度を通院期間とする」基準は裁判の実態を反映していないと認められることから、別表Ⅰと同様、通院が長期にわたる場合に限定し、症状、治療内容、通院頻度を考慮要素とした上で、こと「も」あるとして、実日数の3倍の期間を慰謝料算定の基礎とするのは例外的なものであることを示していると記載されている(平成28年赤い本下巻講演録95頁)。
イ 被害者の傷害慰謝料(入通院慰謝料)算定上有利な例外‐通院期間を入院期間として別表Ⅰにあてはめる‐
①入院待機中の期間及び②ギプス固定中等安静を要する自宅療養期間は、入院期間とみることがある。
これが赤い本の立場である。事例1が関連事例である。
3 特殊事情による傷害慰謝料(入通院慰謝料)の増額について
⑴ はじめに(慰謝料全般における増額事由)
傷害慰謝料(入通院慰謝料)固有と思われる特殊事情による増額のみを扱う。
すなわち、加害者に故意若しくは重過失又は著しく不誠実な態度等がある場合は慰謝料増額事由とされているが(平成17年赤い本下巻講演録37頁)、これらは死亡・後遺症共通の全般的な増額事由であるため扱わない。また、2本の歯牙障害、てのひら大には至らない上肢下肢の醜状障害など後遺障害等級は非該当であるが、これらの事情を考慮して慰謝料が加算されるものについては本来的には後遺症慰謝料の体系に属するものと思われるため扱わない。加えて、逸失利益の否定若しくは制限、将来治療費や整骨院施術費の否定若しくは制限による慰謝料の補完的機能による増額についても、傷害慰謝料固有の特殊事情による増額とは異なるため扱わない。
⑵ 赤い本上巻記載の特殊事情による傷害慰謝料(入通院慰謝料)の増額
赤い本上巻に記載されている特殊事情による増額は、すべて別表Ⅰの話である。
ア 特に入院期間を短縮した場合の傷害慰謝料(入通院慰謝料)増額
被害者が幼児を持つ母親であったり、仕事等の都合など被害者側の事情により特に入院期間を短縮したと認められる場合には、別表Ⅰの金額を増額することがある。
これが赤い本の立場である。私見としては、医学的に入院の必要性があるのであれば、前述の自宅療養期間として入院期間としてみる方法もあると思われるが、赤い本上巻では増額の体系として記されている。事例2が関連事例である。
イ 傷害の部位・程度による傷害慰謝料(入通院慰謝料)増額
傷害の部位、程度によっては、別表Ⅰの金額を20%~30%程度増額する。
これが赤い本の立場であるが、これ以上に基準は示されていない。
参考となるのは、いわゆる青本である。具体的には、大腿骨の複雑骨折又は粉砕骨折、脊髄損傷を伴う脊柱の骨折などは苦痛や身体の拘束が強い症状とされ、基準の上限を使用するとされている。また、脳・脊髄の損傷、多数の箇所にわたる骨折、内臓破裂を伴う傷害の場合は、通常生命の危険があることが多く、これらの症例の場合で絶対安静を必要とする期間が比較的長く続いた/重度の後遺障害が残った/長期にわたって苦痛の大きい状態が継続した、といった場合には上限の基準額を更に2割程度まで増額してもよいとされている(170頁)。なお、青本の上限額というのは入院6月の場合でみると284万円であり、赤い本基準の入院6月の慰謝料244万円と比較すると、赤い本基準慰謝料の約1割6分増しであり、青本の上限額の2割増額というのは284万円×1.2=340万8000円であり、赤い本基準慰謝料の約4割増しとなる。
ウ 生死が危ぶまれる状態の継続・極度の苦痛・手術繰返しによる傷害慰謝料(入通院慰謝料)増額
生死が危ぶまれる状態が継続したとき、麻酔なしでの手術等極度の苦痛を被ったとき、手術を繰返したときなどは、入通院期間の長短にかかわらず別途増額を考慮する。これが赤い本の立場である。
エ 青本記載のその他傷害慰謝料(入通院慰謝料)増額事由
休業損害など経済的なあるいはそのほかの面で社会生活上受ける不利益は治療期間の長短や傷害の軽重と必ずしも比例しないことが往々にしてある。留年・退学・受験断念などの学校関連、退職・資格試験断念などの仕事関連、離婚などの家庭関連が挙げられる。事例2が関連事例である。
① 留年(50万円加算。岡山地方裁判所平成2年9月28日判決 交通事故民事裁判例集第23巻5号1257頁)
② ゴルフツアー予選出場不能(25万円加算。大阪地方裁判所平成12年2月29日判決 交通事故民事裁判例集第33巻1号407頁)
③ 3年以上にわたる入院後離婚(600万円認定。東京地方裁判所平成14年4月16日判決 交通事故民事裁判例集35巻2号518頁)
④ 選挙立候補断念(50万円加算。横浜地方裁判所平成23年12月21日判決 交通事故民事裁判例集第44巻6号1611頁)
⑤ 法科大学院試験での焦燥感(15万円加算。東京地方裁判所平成15年1月25日判決 交通事故民事裁判例集第46巻1号129頁)
⑥ 通院期間4か月だが多発性肋骨骨折のため介護職の就労に制限があり退職(160万円認定。名古屋地方裁判所平成28年2月19日判決 交通事故民事裁判例集第49巻1号219頁)
4 その他
⑴ 大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(いわゆる緑本)
赤い本基準と同様、幅をもたせた基準とはなっていない。
通常基準と重傷基準で表が分かれているのが特色である。
ここでいう「重傷」とは、重度の意識障害が相当期間継続した場合、骨折又は臓器損傷の程度が重大であるか多発した場合等、社会通念上、負傷の程度が著しい場合をいう。重症基準の入院6月は300万円とされていて前述の青本の上限額よりも高額である。通常基準の通院6月は129万円とされていて、赤い本別表Ⅰよりも4万円高い。
他の特色としては、軽度の神経症状(むち打ち症で他覚所見のない場合等)の入通院慰謝料は、通常基準の慰謝料の2/3程度とされている。通院6月の場合であると、120万円÷3×2=80万円となり、赤い本別表Ⅱのよりも9万円低い。解説がついているのもこの本の特色であるが、軽度の神経症状の基準額を低くしているのは、他覚的所見がない場合は、本人の気質的な要因等が影響して入通院期間が長引いていることが少なくないことによる、と記されている。
⑵ 交通事故損害賠償額算定基準(いわゆる黄色本)
青本と同一名称であるが、日弁連交通事故相談センターの愛知県支部が作成したもの。記載は薄く、主に名古屋地裁の判例が載っている。
傷害慰謝料のパートは、「原則として入通院期間を基礎として別表によるが、傷害の部位・程度等に応じて適宜増減することとし、重傷の場合は2割ないし3割程度の増額を認めることができる。」とのみ記されていて、表も1つしかない。赤青黄緑の中で、最も大雑把な基準である。
入院6月は223万円、通院6月は110万円とされていて、赤い本別表Ⅰよりやや低額といった設定である。
被告付保の保険会社が事故から3か月程度で治療費を打ち切ったことを慰謝料増額事由とした裁判例が慰謝料のパートで掲載されている(名古屋地方裁判所平成23年8月31日判決 平成22年(ワ)第3242号事件)。
また、妊娠をあきらめたことを傷害慰謝料に考慮した裁判例も掲載されている(名古屋地方裁判所平成24年6月13日判決 平成23年(ワ)第4875号事件)
⑶ フランスの傷害慰謝料基準
慰謝料に関して日本のように等級に応じた画一した基準がなく、10種の非財産的損害として捉えられている(破毀院第二民事部長Dintilhac氏のWGが作成した2005年レポートが現在のフランスの到達点とされている。
症状固定までの期間に属するものは、下記3種類である。
① 一時的機能損害
人的領域における症状固定までの障害(症状固定以前の生活の質・日常生活上の通常の喜びの喪失 )。
② 耐え忍ぶ苦痛
肉体的・精神的苦痛およびそれに付随する支障(症状固定以前に被った肉体的精神的苦痛の全体)。7段階評価で判断される。
③ 一時的美的損害
症状固定以前の身体上の外見の変化。鑑定医が行った認定(軽度、中程度、重度の美的損害)に依拠することが多い。この損害は、性別、年齢、配偶者の有無、職業との関係で評価される。たとえば、美的要素が必須である職業(俳優、モデル等)に就いている有名な若い女性であれば賠償額は最大となろうし、美的な資格と関係ない職業に就いている高齢の男性(妻帯者)では最小となろう。
参考文献
「フランス人身損害賠償とDintilhacレポート‐非財産的損害の賠償が示唆するもの」(住田守道)
「フランスの交通外傷医療査定‐特に、査定医による 医療査定」(社団法人 農協共済総合研究所 医療研究研修部 主席研究員 辻泰)
「賠償科学改訂版‐医学と法学の融合62頁~78頁 Ⅴ 諸外国の賠償科学‐フランスの損害論を中心として」(日本賠償科学会編 山野嘉朗)
⑷ イギリスの慰謝料相場・基準
慰謝料は、肉体的・精神的苦痛と快適生活の喪失とを賠償するものと考えられている。裁判所の自由裁量が認められ、算定の不明確性の問題があるため、1992年「人身損害における慰謝料算定のための指針」が公表された。
本指針は、人身損害の種類と程度とに応じて、一定の幅をもった慰謝料額を示した上で、算定の際に考慮すべき事由を列挙するという手法をとっている。
人身損害は、大きく①麻痺を含む損傷・②頭部損傷・③精神障害・④感覚損傷・⑤内臓障害・⑥整形外科的損傷・⑦顔面損傷・⑧顔面以外の身体部分の傷痕とに区分され、症状固定前後というような区分ではない。
①麻痺を含む損傷
a四肢麻痺100,000~115,000ポンド
→残存稼働能力の程度・痛み、他の感覚への影響、抑鬱、余命
b対麻痺75,000~85,000ポンド
→痛み、抑鬱、余命
②頭部外傷
a極重症脳障害(植物状態の被害者で、かつ、言語機能が回復せず、24時間看護ケアが必要な者)100,000~115,000ポンド
→理解力、余命、身体的制限の程度
b重症脳障害(意識があるものの、自力での行動ができず、経常的な介護を要する者)75,000~90,000ポンド
→理解力、余命、身体的制限の程度
他にc中程度脳障害・d軽度脳障害・e軽傷頭部損傷・fてんかんがある。
③精神障害
a重度精神障害(ⅰ生活能力・作業能力・ⅱ家族との関係への影響・ⅲ治療の成功の見込みの程度・ⅳ将来の脆弱性・ⅴ予後という5要素が顕著に認められ、ⅴ予後については非常に不良と判断される者)20,000~35,000ポンド
→障害の存続期間、障害の日常生活への影響の程度
b中重度精神障害(ⅰ~ⅴとⅵ随伴する身体損傷の性質・程度が相当程度に認められ、概して楽観し得る予後が予測できる者)7,500~15,000ポンド
→障害の存続期間、障害の日常生活への影響の程度
c中度精神障害(ⅰ~ⅵとⅶ医療的措置が求められてきたかどうかの要素が認められたが、裁判時までにそれらが著しく改善し、残された症状の予後も極めて良い者)2,000~5,000ポンド
→障害の存続期間、障害の日常生活への影響の程度
d軽度精神障害(医療的措置を求めなかった者)200~1,000ポンド
→障害の存続期間、障害の日常生活への影響の程度
④感覚損傷
感覚損傷は、a視覚障害・b聴覚障害・c味覚臭覚障害に区分され、それぞれが更に障害の程度に応じて数段階に細分される。
ab視覚と聴覚をすべて失った者115,000ポンド
a視覚をすべて失った者850,000ポンド
a一眼の視力を全く失った者175,000~20,000ポンド
b聴覚をすべて失い言語障害となった者40,000~50,000ポンド
b聴覚をすべて失った者32,500~40,000ポンド
c味覚及び臭覚のすべてを失った者15,000ポンド
⑤内臓障害
内臓障害は、a胸部損傷・b肺疾患・c消火器系損傷・d生殖器系損傷・e腎損傷・f腸損傷・g膀胱損傷・h脾臓損傷に区分され、それぞれが更に障害の程度に応じて細分される。
d若年男子の生殖能力全喪失60,000ポンド
d抑鬱及び不安並びに苦痛及び傷痕を伴う女性の不妊45,000~60,000ポンド
e他に損傷を伴わない一腎の喪失12,500ポンド
e両腎の喪失ないし永久的な重度の障害60,000~70,000ポンド
⑥整形外科的損傷
整形外科的損傷は、a頚部損傷・b腰部損傷・c骨盤・臀部損傷・d上肢切断・eその他の上肢損傷・f肩部損傷・g肘部損傷・h手首の損傷・i手首の損傷・j下肢損傷・k足首損傷・lアキレス腱損傷・m足の損傷・nつま先の損傷に区分され、それぞれが更に障害の程度に応じて細分される。
a重度のむち打ち症(頚椎炎・重度の可動域制限・永続的若しくは回帰的痛み・凝り若しくは不快・将来の外科的措置の可能性または将来の外傷に対する脆弱性を伴うもの)又は捻挫性損傷及び椎間板障害5,000~10,000ポンド
a中度のむち打ち症(回復が相当程度遅延し、将来の外傷性に対する脆弱性を示すもの)2,500~5,000ポンド
a軽度のむち打ち症(治癒が2年以内に見込まれるもの)上限2,500ポンド
⑦顔面損傷
顔面損傷は、a頭骨損傷・b顔面醜状に区分され、それぞれが更に損傷の程度に応じて細分される。
b著しい心理的反応を伴う10代後半から30歳代前半の若年女性の著しい顔面醜状20,000~30,000ポンド
b形成手術後も永久的な醜状痕を残し、相当程度の心理的反応を残す30歳未満の男性の顔面傷痕10,000~20,000ポンド
⑧顔面以外の身体部分の傷痕
顔面以外の身体部分の傷痕については、格別の慰謝料を示すことは困難であるとされ、⑦顔面損傷の指針を参考に算定される。ただし、顔面でない又は人目に付かない部分の傷痕については、⑦よりも低額の算定がなされる傾向がみられる。
参考文献
「交通事故賠償の法理と紛争処理 財団法人交通事故紛争処理センター創立20周年記念論文集【上】276頁~282頁 イギリスの慰謝料算定指針」(財団法人交通事故紛争処理センター編集 新美育文)
5 傷害慰謝料(入通院慰謝料)算定のまとめ
まずは、別表Ⅰ・Ⅱの振り分け。原則は別表Ⅰで、①むち打ち症で他覚所見がない場合、②軽い打撲・軽い挫創(傷)の場合のみ別表Ⅱというのが赤い本の立場。
次に、入通院期間の表へのあてはめ。長期でない場合に実日数をベースとされることはないし、1年以上などの長期であっても実日数とされることは例外であるというのが赤い本の立場。また、実際には入院していなくても、①入院待機中の期間や②ギプス固定中等安静を要する自宅療養期間は入院期間とみることがあるので注意。
ここまでの作業を経て、赤い本の表にあてはめ慰謝料額を算定する。
そして、①仕事・育児などの被害者側の事情で特に入院期間を短縮している、②脳・脊髄の損傷、内臓破裂を伴う傷害、多数の箇所にわたる骨折、多数でなくとも大腿骨の複雑骨折又は粉砕骨折など傷害の程度が著しい、③生死が危ぶまれる状態が継続している、④麻酔なしでの手術など極度の苦痛を被っている、⑤手術を繰り返している、⑥留年・退学・退職・離婚といった具体的不利益を受けている、⑦受験断念・資格試験断念・妊娠断念といった断念が生じている、といった特殊事情の存在を検討し、赤い本の表からの増額を検討する。
第2 報告事例1(入院をしていないのに入院慰謝料として考慮した事例)
1 事案の概要
被害者は事故時42歳の公務員男性。
被害車両バイク:加害車両四輪車の非接触事故。
傷病名は左膝関節内側側副靭帯損傷など。
入院なし・通院約7か月。
後遺障害等級は自賠責14級9号(判決で12級13号)。
2 原告の主張
①むち打ち症で他覚所見がない場合、②軽い打撲・軽い挫創(傷)の場合には当たらないので、別表Ⅰを使用。
事故から1か月間ギプス固定をし、その間ずっと休業していたことから、ギプス固定中等安静を要する自宅療養期間に当たり、1か月は傷害慰謝料算定上、入院期間とみるべきと主張。
傷害慰謝料(入通院慰謝料)固有の特殊事情①~⑦はなし。
原告が勝手に転倒したなど主張することから、著しく不誠実な態度に該当するとして、傷害慰謝料・後遺症慰謝料ともに2割増し主張。
3 被告の主張
赤い本別表Ⅰの通院7か月124万円。
4 裁判所の判断
⑴ 一審和解案
通院慰謝料は、原告の受傷内容と通院期間を考慮して130万円を相当とする。
⑵ 一審判決(横浜地方裁判所平成29年1月30日判決 自保ジャーナル1996号8頁)
原告は、本件事故で左膝関節内側側副靭帯損傷等の傷害を負い、本件事故当日から症状固定日までの間、通院して治療を受け、事故当日から約1か月間、左膝から左足首にかけてギプスシーネで固定する処置を受けたこと、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮し、傷害慰謝料は145万円を相当とする。
原告は、被告が謝罪をしておらず不誠実な態度をとっているなどと主張するが、本件事故は被告の一方的な過失によるものではないことを考慮すれば、上記慰謝料額を増額する事情とはいえない。
⑶ 二審判決(東京高等裁判所平成29年8月8日判決)確定
傷害慰謝料を145万円とする旨の判断は左右されず、一審被告の主張は理由がない。
5 判決について
別表Ⅰを採用することについては争いのない事案。
判決文で、敢えて「左膝から左足首にかけてギプスシーネで固定する処置を受けたこと」という表現を入れていたり、和解案では「通院慰謝料」とされていたものが、「傷害慰謝料」と表現が改められていることからすると、一部入院期間として考慮したものと考えられる。
(この事例の詳細はこちらをご覧ください。)
第3 報告事例2(大学の留年を避けるため入院しなかったことを慰謝料増額事由とした事例)
1 事案の概要
被害者は事故時21歳の女子大学生。
被害者歩行者:加害者四輪車の駐車場内における事故(救急搬送)。
傷病名は頚椎捻挫・左足関節捻挫。
入院なし・通院約14か月。
左足関節捻挫は完治し、頚椎捻挫について後遺障害等級14級9号(自賠責)。
2 原告の主張
赤い本別表Ⅰ・別表Ⅱといった明示はせず。
通院期間約14か月。
特殊事情①関連:原告は、本件事故により救急搬送された先の病院において入院するよう言われていたが、当時大学の試験期間中であったため、留年を防ぐためこれを断り入院しなかったという経緯がある。
特殊事情⑦その他関連:本件事故による左頚部~左上腕の痛み、両手の痺れといった多彩な症状により書字が困難となり大学の試験勉強や資格試験の勉強、通学、就職活動に大きな支障が出た、松葉杖をつきながら3週間の試験に臨んでいる、就職を希望していた公務員や銀行員などの職種を断念、症状固定後も通院している⇒本件事故による症状や現在及び将来の不安のせいで楽しい大学生活が苦しみに変わった。
200万円が相当である。
3 被告の主張
原告主張の精神的苦痛は、他の交通事故においても被害者側には同様に発生しうる事情であり、赤い本の基準を動かすほどの特別例外的な事情とまではいえない。
4 一審判決(佐賀地方裁判所平成29年12月4日判決)確定
原告の通院期間は約14か月に及ぶ上、事故直後、医師から入院を勧められたが、大学の期末試験を控えており、留年を避けるため入院を断ったことなどの事情を考慮すると、通院慰謝料額は140万円と認めるのが相当である。
原告には14級9号該当の後遺障害が残存しており、その症状により資格試験の勉強が困難となり、就職を希望していた公務員や銀行員などの職種を断念せざるを得なかったことや、電車通勤が困難となり、希望していた福岡での就職も諦めたことが認められ、これらの事情にかんがみると、後遺障害による慰謝料額は150万円と認めるのが相当である。
5 判決について
通院期間は約14か月に及ぶ上、とした上で留年を避けるため入院をことわった事情を考慮要素として挙げているので、別表Ⅱ14か月の121万円をベースとして、留年を避けるため入院をことわった事情を19万円増額(約1割6分増し)として用いたものと思われる。仕事の都合など被害者側の事情により入院期間を短縮したと認められる場合には、増額することがあると赤い本上巻にも記されているが、別表Ⅱでも増額してくれている。また、入院の医学的な必要性が本当にあったのかについては、意見書を取るなどの立証はしていないが認定してくれている。
その症状により資格試験の勉強が困難となり、就職を希望していた公務員や銀行員などの職種を断念せざるを得なかったことや、電車通勤が困難となり、希望していた福岡での就職も諦めたことといった事情は、就職活動時期や実際の就職が症状固定日より後であったためか後遺症慰謝料の増額事由として記されている(40万円増額・約3割6分増し)。資格試験や公務員試験勉強のための予備校に行っていたとか、銀行にエントリーしていたなどといった事情は無く、尋問のみによる立証となったが、考慮してくれている。
第4 さいごに
赤い本上巻記載の傷害慰謝料増額事由については、主張立証さえ行えば、裁判官は割と認めてくれるという印象である。
青本記載の特殊事情については、尋問までやれば考慮してくれるというような印象である。
仏英の喜びの喪失・快適生活の喪失といった事故前の状況との変化については、日本のベースの慰謝料水準が高いため、裁判官がよほど同情してくれない限りは困難という印象である。
以上