1級 その他分類 介護費・付添費 企業損害 休業損害 加重障害・既存障害 医師面談 四輪車vs四輪車 役員 後遺障害等級変更 慰謝料 損害賠償請求関係費用 素因減額・因果関係 裁判 逸失利益 過失割合 非該当 頭・脳 骨折 骨盤・腿 高次脳機能障害
交通事故骨折→自賠責非該当判断→弁護士異議申立て→1級→1.4億賠償
Aさん 60代・男性・会社役員
解決事例のポイント
- 地元の弁護士では対応できなかったことから、県外の弁護士に相談したこと
- 弁護士介入後に医師の意見書など医学的な証拠を5通取り付け、自賠責因果関係不明の判断をくつがえしたこと(後遺障害等級1級認定)
- 動いている車同士の交通事故で遭ったが、こちらには避けられなかったことを立証し、被害者の過失割合を0にしたこと
- 被害者家族の付添費・付添交通費を認めさせ、かつ、家族の慰謝料も認めさせたこと
- 会社役員としての休業損害・逸失利益のみならず会社の損害も認めさせたこと
- 医師面談に係る費用なども加害者側に負担させたこと
- 医学的な見解の対立に勝利したこと
- 裁判により損害賠償金総額約1億4000万円を獲得したこと(判例誌複数掲載)
法律相談前(交通事故態様・ケガの内容・手術や術後の症状・地元の弁護士)
Aさんは会社経営の60代男性です。
ある日、優先道路を走行中、脇見運転の車に衝突されてしまい、寛骨臼骨折のケガをしてしまいました。
手術が必要なほどの大怪我で、手術をしますが、その際にMRSA菌血症に感染してしまいます。
その後、元々有していた胃がんが進行し、肺に転移してしまい、Aさんはお亡くなりになってしまいます。
Aさんのご家族は、Aさんが交通事故の前は、元気に仕事をしていて、体調にも何ら問題がなかったため、
Aさんがお亡くなりになったのは交通事故のせいだと考えていました。
しかしながら、自賠責が出した判断は、交通事故との因果関係は不明というもので、Aさんのご家族が思うような結果にはなりませんでした。
Aさんのご家族は、交通事故のせいでないなら病院のせいだと考えますが、病院は責任を認めようとしません。
結局、Aさんのご家族は、Aさんの交通事故後の体調悪化や死亡の事実の原因が何なのかわからないまま過ごすことになってしまいます。
自分たちだけでは埒が明かなかったため、Aさんのご家族は、地元の弁護士のところに法律相談に行くことにしました。
ところが、地元の弁護士には、「医療過誤で勝つのは難しい」「骨折から癌で死亡するというのは認められない」
「うちの法律事務所では対応できない」などと言われてしまい、どの弁護士も受任してはくれませんでした。
Aさんのご家族は、このまま因果関係不明ということで終わらせることに納得がいかず、県外の弁護士を探すことにしました。
弁護士小杉晴洋による法律相談
こうした経緯でAさんのご家族とAさんの件について法律相談を実施することになりました。
Aさんのご家族からご事情をお伺いしたところ、交通事故の前は元気に働いていたAさんが、いきなり体調を悪化させ死亡するに至ったというケースですから、
このまま終わらせることに納得がいかないという想いはごもっともだなと感じ、難しい事案であるが、やれることをすべてやってみるとお約束して、受任することになりました。
Aさんのご家族は、地元の弁護士では対応できなそうな気配だったため、少し安心した様子をみせておられました。
他方、弁護士小杉は、確かにこの事案は非常に高難度な交通事故事案である、それと同時に、
必ず私が適切な解決をしなければならない事案であると感じ、身が引き締まる思いとなりました。
ひとまず、交通事故の加害者側保険会社に対する損害賠償請求と、医療過誤での病院に対する損害賠償請求の両睨みで方針を考えることにしました。
弁護士小杉晴洋による調査・分析・証拠収集
診断書・カルテなどの調査・分析から高次脳機能障害の後遺障害等級該当該当性を見出す
まずは、Aさんの死亡診断書や、交通事故に際して作成された経過診断書を分析します。
死亡診断書によると、胃がんが肺に転移して肺がんとなり、
その後、肝不全が直接死因となってAさんが死亡したことになっていて、死因の種類としては「病死及び自然死」とされていました。
医療過誤の損害賠償請求をする場合は、胃がんが肺がんに転移したことに病院側の過失が介在していないといけないことになりますが、
具体的には、手術の際のMRSA菌血症に病院の過失を構成することができ、このMRSA菌血症により胃がんが進行して、
肺がんに転移までしたということを立証しなければなりません。
交通事故の損害賠償請求をする場合は、寛骨臼骨折から癌になることは通常考えられませんので、寛骨臼骨折の手術の危険の現実化としてMRSA菌血症となったことを立証し、
その上で、このMRSA菌血症により胃がんが進行して、肺がんに転移までしたということを立証しなければなりません。
いずれにしても困難な立証を伴います。
その後、数千枚に及ぶカルテの内容を分析しましたが、医療過誤の因果関係や過失を構成することは困難で
、また、カルテ内容だけでは交通事故とAさんの死亡との因果関係を繋げることも困難であるとの調査結果となりました。
ただ、Aさんの死亡の結果は、Aさんが元々有していた胃がんも合いまって生じた結果であることは明らかでしたが、
Aさんは肝不全で死亡する前に、高次脳機能障害になっていることがカルテから読み取ることができました。
そこで、方針を変えて、元々有していた疾患と関係する死亡の事実との因果関係を繋げるのではなく、
元々の疾患と関係のない高次脳機能障害での後遺障害等級1級の獲得を目指すことにしました。
民事の損害賠償請求の場合は、文字通り、「損害賠償」の請求ですので、慰謝料などの損害賠償金を多く獲得することが、我々弁護士の仕事となります。
損害賠償金という観点で見た場合も、医療過誤構成や死亡事故構成でいくよりも、死亡の直前に高次脳機能障害になっていたという後遺症構成で行く方が、
損害賠償金が高くなるという分析結果となりました。
医師面談の実施:高次脳機能障害に関する医学的証拠を5通作成
飛行機に乗って大学病院まで赴き、寛骨臼骨折後の脳の萎縮などの高次脳機能障害に関する医学的知見について話をお伺いしました。
その結果、カルテ分析のとおり、入院中、死亡までの間に、高次脳機能障害になっていたことが判明し、この高次脳機能障害になった経緯というのが、
簡単に説明すると、寛骨臼骨折の手術を行う⇒MRSA菌血症となる⇒良くない血が体の中をめぐるようになりそれが脳にも流れる⇒高次脳機能障害となる、
という因果の流れになることが分かりました。
そこで、大学病院の先生に、死亡についてではなく高次脳機能障害に関する医証を作成してもらうことにし、具体的には、
- 意見書
- 後遺障害診断書
- 神経系統の障害に関する医学的意見
- 脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書
- 頭部外傷後の意識障害についての所見
という5通の医学的証拠を作成してもらうことにしました。
これらの医学的証拠の作成にあたっては、医師面談の際、数時間に及ぶ打合せを行い、また、その後も弁護士と医師とのメールや電話のやりとりによって協議を重ね、
5通すべてを作成してもらうことができました。
奥様に対するヒアリング:交通事故前後の違いがわかるように日常生活状況報告書を作成
大学病院にて医学的証拠を5通作成してもらったことにより、「交通事故→寛骨臼骨折→高次脳機能障害」という因果関係を繋げる証拠が揃いましたが、
こちらの思惑どおり高次脳機能障害の因果関係が認められる判断がなされたとしても、その程度も適切に後遺障害等級認定してもらわないといけません。
目標は、後遺障害等級別表一第1級1号の高次脳機能障害認定となりますが、程度の立証をおろそかにしてしまうと、
後遺障害等級2級以下の認定がなされたり、若しくは、元々有していた病気が原因などと言われてしまうことがあります。
そこで、交通事故前の状況や、交通事故後の状況、これらの比較について、1番詳しいAさんの奥様にヒアリングを行いました。
朝起きてから夜寝るまでの様子、普段の感情の起伏、仕事での様子など交通事故前後の比較を丁寧にヒアリングをして、日常生活状況報告書をAさんの奥様と共に完成させました。
自賠責保険へ異議申立て:高次脳機能障害で後遺障害等級別表一第1級1号の獲得
以上の、数千枚に及ぶカルテ、5通の高次脳機能障害に関する医学的証拠、Aさんの奥様にご作成いただいた日常生活状況報告書を元に異議申立てを行いました。
高次脳機能障害の判定の場合、後遺障害審査会高次脳機能障害部会という特定事案部会が後遺障害等級の判定を行います。
要は、他の後遺障害等級と異なり、高次脳機能障害審査固有のメンバーによる等級判定がなされるのです。
医学的分析の結果、高次脳機能障害等級に必要な書類をすべて揃えましたので、見立てどおり、
「生命維持に必要な身のまわりの処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」として後遺障害等級別表一第1級1号を獲得することができました。
示談交渉:1円も支払わないという保険会社
弁護士小杉晴洋による損害賠償金の計算および加害者側保険会社への示談提示
無事後遺障害等級別表一第1級1号の認定を受けることができたので、下記のとおり、Aさん及びAさんのご家族に生じた慰謝料などの損害賠償金の計算を行いました。
被害者本人に発生する損害費目
治療費
Aさんは今回の交通事故で、約700万円にのぼる治療費を要する治療・手術を受けました。
治療費は保険会社から病院へ直接支払われることが多いですが、保険会社というのは、後になって、「あれは因果関係のない治療だった」「治療期間はこんなに長い間必要なかった」などといって、治療費の払い過ぎを主張してくることがしばしばあるので注意が必要です。
妻子の入院付添費・付添人交通費
Aさんは交通事故後ずっと入院をしていましたが、その間、Aさんの奥様やお子様たちが、Aさんの入院先の病院を訪れ、体位交換や声掛けなどをAさんが亡くなるまで続けました。
これは交通事故被害者のご家族にとっては、かなりの負担となりますし、その負担は、入院付添費という形で加害者側の保険会社が損害賠償しないといけません。
また、Aさんのご家族は、入院先の病院の県外に住んでいただめ、入院付添をするための交通費も数十万円単位にのぼっていました。
これらも付添人交通費として加害者側の保険会社が損害賠償しないといけません。
なお、この入院付添費や付添人交通費というのは、被害者家族ではなく、被害者本人に発生する損害として位置づけられることが多いです。
入院雑費
交通事故での入院の際は、治療費とは異なる、さまざまな支出を余儀なくされます。
この点は、入院雑費という損害費目にて賠償請求をしていかなくてはなりません。
休業損害
Aさんは会社の社長として給料をもらっていましたが、この交通事故によるAさんの入院によって、会社が稼働しなくなりました。
その結果、Aさん自身も、会社から給料が支払われることがなくなっています。
交通事故がなければ支払われたであろう給料についても、休業損害として損害賠償請求していく必要があります。
逸失利益
Aさんは、入院中だけ仕事ができなかったわけではなく、その後お亡くなりになってしまっています。
ですので、交通事故の後ずっと仕事ができていません。
そこで、交通事故がなければ、将来得られたであろうAさんの収入についても、逸失利益という損害費目により請求していく必要があります。
傷害慰謝料(入院慰謝料)
Aさんは、今回の交通事故によって寛骨臼骨折という大怪我をしました。
そして、その後も、複数回の手術や長い入院生活により、精神的苦痛を負い続けています。
この精神的苦痛を、傷害慰謝料(入院慰謝料)という形で損害賠償請求していかなくてはなりません。
後遺症慰謝料(後遺障害慰謝料)
弁護士小杉晴洋の異議申立てによって、自賠責保険から後遺障害等級別表一第1級1号の認定を受けることができました。
後遺障害等級別表一第1級1号というのは、最も重い後遺症ですから、最高額の後遺症慰謝料を請求していかなくてはなりません。
損害賠償請求関係費用
弁護士小杉晴洋が後遺障害等級別表一第1級1号の獲得のために、飛行機に乗って大学病院を訪れ、医師面談を行い、医学的意見書5通を作成してもらうなどの活動を行いました。
こうした証拠収集活動についても、交通費や文書料などの費用がかかります。
また、検察庁から刑事記録の取寄せも行いましたが、これについてもお金がかかります。
こうした費用を、損害賠償請求関係費用として計算して、加害者側の保険会社へ請求していく必要があります。
物損(車両損害とレッカー代)
その他、物損についても請求を行いました。
具体的には、車両時価額、買換え諸費用及びレッカー代の請求を行いました。
被害者のご家族に発生する損害(近親者慰謝料)
今回の交通事故で最も無念や苦しみを感じたのは、交通事故被害に遭ったAさんです。
ただ、Aさんがお亡くなりになるまでの間、懸命に、入院付添看護をしたご家族のみなさんも、大きな精神的苦痛を負っています。
Aさんのご家族は、Aさんを中心に仲の良いご家族でしたが、この交通事故によって、家族の生活は一変してしまいました。
そこで、Aさんの奥様、お子様2名についても、独自に精神的苦痛が生じているとして、近親者慰謝料を請求していく必要があります。
被害者が経営していた会社に発生する損害(企業損害)
交通事故に遭わなれば得ていたであろう収入というのは、Aさんの休業損害や逸失利益で評価されます。
ただ、Aさんは、会社の社長をされていて、毎年会社に利益をあげていました。
すなわち、今回の交通事故で、Aさんが本来得ていたであろう収入のみならず、会社が本来あげていたであろう利益も失われてしまっているのです。
また、Aさんが経営していた会社は、今回の交通事故により解散することになりましたが、交通事故の後、すぐに解散したわけではなく、関係者は皆Aさんの復帰を待っていました。
そこで、解散するまでの間に支出していた保険料などの固定経費の支出も無駄になってしまいました。
加えて、会社の解散や清算についても、司法書士費用や税理士費用がかかります。
これらの損害についても、会社の持ち分を相続したご遺族が、企業損害として請求していく必要があります。
示談提示に対する加害者側保険会社の回答
以上の計算を行ったうえで、加害者側の保険会社へ示談提示をしましたが、その回答は「1円も払いません」ということでした。
異議申立てにより後遺障害等級別表一第1級1号が認定されましたので、自賠責保険金額の最高額である4000万円が支払われていましたが、この自賠責保険金額だけで損害賠償は足りているというのです。
自賠責保険金というのは最低限の損害賠償水準ですから、当然納得がいかず、裁判をすることになりました。
損害賠償請求訴訟:医学的意見書が飛び交うなど激しい裁判に
示談解決と裁判解決のメリット・デメリット
示談提示の際に行った損害賠償算定を軸として、訴状を作成して、裁判所へ提出しました。
交通事故損害賠償請求訴訟というのは、解決まで平均1年以上がかかるとされています。
紛争状態が長引くのは、精神衛生上も好ましいものとは言えず、示談により早期の適切な解決をするのが望ましいと言えるでしょう。
しかしながら、営利企業である保険会社が、示談交渉の場において、適切な示談金額を提示せずに、泣き寝入りを強いてくることも多々あります。
特にAさんのケースでは、自賠責保険金が支払われた以上、1円も支払わないと言ってきているのです。
到底示談解決などできません。
訴状を提出して、民事裁判に進むというのは、時間がかかるというデメリットはありますが、実はメリットもあります。
その代表例が弁護士費用と遅延損害金です。
弁護士費用
示談交渉だと認められることがほとんどありませんが、民事裁判に移行すると、弁護士費用も損害費目に付け加わります。
ここでいう「弁護士費用」というのは、依頼者さんが担当の弁護士に支払う相談料・着手金・弁護士報酬とは関係がありません。
損害賠償金のおよそ10%が、「弁護士費用」として加害者側から支払ってもらえることになっています。
例えば、慰謝料や逸失利益などで合計1億円の損害賠償が認められるのであれば、ここに弁護士費用1000万円が追加され、
合計1億1000万円の損害賠償金が加害者側から支払われることになります。
Aさんのケースのように、高額の損害賠償請求事例では、その10%というのは数百万円・数千万円単位となることがあるので、
民事裁判を起こした方が経済的に良いということもあります。
遅延損害金
示談交渉だと認められることがほとんどありませんが、民事裁判に移行すると、解決までの間の遅延損害金も請求することができます。
令和2年3月31日までに発生した交通事故の場合は年5%の遅延損害金が認められます(令和2年4月1日の改正民法施行後に発生した交通事故の場合は年3%)。
Aさんの交通事故は平成26年に発生しましたので、年5%の遅延損害金が加算されることになります。
Aさんの裁判は令和4年に終わりましたので、交通事故から約8年の月日が流れています。
遅延損害金に換算すると、損害賠償金の40%が遅延損害金となるのです。
先ほどの例でいうと、損害賠償金が1億1000万円ですから、遅延損害金4400万円が加算され、合計1億5400万円の支払が加害者側保険会社からなされることになります。
まとめ―高額の損害賠償請求事例では示談より裁判が得-
以上の例のとおり、示談解決だと1億円だったものが、民事裁判で同額が認定されると、弁護士費用1000万円+遅延損害金4400万円が加算されて、
1億5400万円の支払がなされることになります(5400万円UP)。
裁判だと解決まで時間がかかるというデメリットはありますが、高額の損害賠償請求事例では、
示談解決よりも裁判解決の方が、被害者やそのご家族が受け取る金額は大きく上がる可能性があります。
特に、Aさんの事例では、保険会社が0円という示談提案をしてきていますから、ベースの損害賠償金を上げるうえでも、民事裁判に移行した方がメリットが大きいと考えました。
被告訴訟代理人(加害者側・保険会社側弁護士)の反論
保険会社の顧問弁護士の登場
裁判に移行する以前から保険会社の顧問弁護士が登場するケースというのはありますが、Aさんの事例では、示談交渉は保険会社の担当者が行っていました。
本来弁護士資格のない者が示談交渉をするのは、弁護士法違反となり犯罪になるのですが、
国から保険会社への忖度により、保険会社の担当者には特別に示談代行権限というものが認められています。
しかし、保険会社の担当者にも、裁判を担当する権限までは認められていませんので、Aさんの事例でも、保険会社の顧問弁護士が登場しました。
この弁護士は、大学で教鞭もとるような人物で、当該保険会社のエース級の弁護士であると考えられます。
交通事故損害賠償請求訴訟では、キャリアの浅い若手弁護士が登場することもありますが、
Aさん側の損害賠償請求額は1億円を超えていましたので、エース級の弁護士を登場させたものと思われます。
被害者にも過失割合が認められるべきという反論
顧問弁護士は、被害者Aさんの過失を主張してきました。
今回の交通事故は、交差点における出会い頭の交通事故でしたので、保険会社側の根拠不明な理屈の一つである
「動いている者同士の場合は被害者にも過失割合を認めなければならない」という主張です。
今回の交通事故現場は、見通しの良い交差点であり、被害者Aさんが、急ブレーキをするなど適切な措置をとっていれば交通事故は発生していなかったとの主張がなされました。
寛骨臼骨折から高次脳機能障害になるはずがないという反論
Aさんは、交通事故の際には、頭を打っていませんでした。
高次脳機能障害というのは脳を損傷することによって生じるものですので、交通事故で頭を打っていないにもかかわらず、
高次脳機能障害の損害賠償請求を加害者側に負わせるのはおかしいという主張です。
保険会社側の顧問弁護士は、当該主張を裏付けるために、国公立大学の名誉教授の医学的意見書を提出するなどして、激しく争ってきました。
仮に、この保険会社側顧問弁護士の主張が認められてしまうと、治療費や入院雑費も寛骨臼骨折に関するものしか支払われないことになり、
入院付添費や付添人交通費も否定され、休業損害・逸失利益・傷害慰謝料(入院慰謝料)・後遺症慰謝料(後遺障害慰謝料)も大幅減額となり、
近親者慰謝料・企業損害は否定されることになってしまいます。
ですので、被害者側としては、損害賠償請求を考える上で、ここの争点が最も大事な争点となります。
寛骨臼骨折というのは、頭蓋骨とはほど遠い、脚の付け根あたりの骨折ですので、「寛骨臼骨折から高次脳機能障害となるはずがない」というのは、自然な反論と言えます。
後遺障害等級認定が認められるとしても死亡しているのだから逸失利益は発生していないという反論
逸失利益というのは、交通事故による後遺症がなければ、将来このくらい稼げたはずだという損害賠償請求です。
しかし、Aさんは、交通事故とは無関係の癌によってお亡くなりになっていますので、交通事故がなかったとしても、将来稼げていないという反論がなされました。
会社は交通事故の被害者ではない
交通事故において損害賠償請求が認められるのは、その被害者本人のみというのが原則となっています。
重度の後遺症を残す事例や、死亡事故事例では、近親者の慰謝料請求が認められることがありますが、企業損害というのは認められることの少ない間接損害です。
他の者が社長を代わるなどして会社を存続させること自体は可能ですし、被害者本人に支払われていたであろう役員報酬などは、
被害者本人の逸失利益として考慮されるのであるから、別途企業損害を認める必要はないとの反論がなされました。
弁護士小杉晴洋の再反論および裁判所の判決
以上の保険会社側顧問弁護士の反論に対して、弁護士小杉晴洋が再反論を行い、ほぼ全面的に原告側(被害者側)の主張が認められることになりました。
動いている者同士の交通事故であったとしても被害者に過失割合を認めるべきではない
弁護士小杉晴洋は、刑事記録を取り寄せ、加害者側の動静を細かく抽出して、再反論しました。
具体的には、加害者は、交通事故現場の交差点に進入する際に、進行方向右側を見ていて、
被害者車両と衝突するまで、被害者車両の存在に気づいておらず、この点をわき見運転として主張立証しました。
裁判官は過失割合の判断にあたっては、別冊判例タイムズ38号「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」(全訂5版)というものを参照することが多いのですが、
これによれば、被害者Aさんには10%の過失割合が認定されてしまいます。
しかしながら、修正要素である「著しい過失」が加害者にあったということの認定ができれば、被害者の過失は0になるのです。
「著しい過失」の典型例は、酒気帯び運転ですが、加害者のわき見運転を主張立証して、この「著しい過失」に該当するという再反論を行って、
被害者Aさんに過失割合が認められるべきではないという主張立証を行ったのです。
そうしたところ裁判官は、確かに、被害者Aさんも急ブレーキ等の措置をとることにより交通事故を回避できた可能性があると指摘しながらも、
加害者のわき見運転を認定して、被害者に過失割合の負担をさせるべきではないという判決を書いてくれました。
「動いている者同士の交通事故の場合、被害者にも過失割合が認められる」という保険会社側の不合理な理屈を裁判官も採用してしまうことがありますが、
本件ではこれが回避できて、ホッとしました。
交通事故→寛骨臼骨折→MRSA菌血症感染→高次脳機能障害という因果関係が認められる
弁護士小杉晴洋は、医学的意見書に加え、医学文献・国立感染症研究所データ・厚生労働省通達などの経験則に関する証拠を提出し、
寛骨臼骨折がそもそもMRSA菌血症に院内感染する危険性を有した大怪我であって早期の手術をすることなく放置すると骨頭壊死などの危険もあったことや、
MRSA菌血症となった場合は感染した血が体内をめぐり高次脳機能障害になることなどの主張立証を行いました。
そうしたところ裁判官は、寛骨臼骨折の有する危険が現実化して高次脳機能障害に至ったとの認定を行い、交通事故と高次脳機能障害との因果関係を認めてくれました。
1番大きな争点であり、加害者側は国公立大学の名誉教授の意見書まで出して争ってきていて、ここの争点に敗れると、
すべての損害費目が高次脳機能障害1級1号のベースで計算できないことになってしまって、請求棄却(損害賠償金0円)となってしまう可能性があったため、
この判決が出たときはとても嬉しかったです。
確かに、脚の付け根の骨折から、高次脳機能障害になるというのは一般的ではないため、
この点の保険会社側の反論は理解できたのですが、緻密に立証を積み重ねれば、勝訴することは可能です。
そして、治療費・入院雑費・入院付添費・付添人交通費・損害賠償請求関係費用・休業損害・傷害慰謝料(入院慰謝料)・後遺症慰謝料(後遺障害慰謝料)・近親者慰謝料などの損害も、
すべて高次脳機能障害1級1号という前提の下、原告(被害者)側の損害賠償請求が認められることになりました。
なお、細かいところですが、休業損害については、交通事故直近の収入ベースではなく、交通事故前3年分の平均値を用いて認定がなされました。
これはAさんの場合には交通事故直近の数値よりも過去3年平均をとった方が休業損害額が高くなったため、
3年平均をとるべき理由を丁寧に主張立証して、原則的な認定方法よりも増額することに繋げました。
また、裁判途中にAさんの奥さまやお子様の陳述書を作成の上、提出し、入院付添費・付添人交通費・近親者慰謝料の認定や増額に繋げました。
逸失利益の算定に当たって死亡の事実を考慮する必要はない
保険会社側の顧問弁護士からは、交通事故とは無関係の癌によって亡くなっているため、将来このくらい稼げたはずだという逸失利益は認められないとの主張がなされていました。
この点については「貝採り事件判決」という有名な最高裁判例があるのですが(最一小判平成8年4月25日 民集50巻5号1200頁)、
交通事故の際に死亡の原因が既に存在したのであれば、逸失利益の算定上考慮に入れるべきというような一節があります。
ただ、貝採り事件判決の最高裁判所調査官判例解説を読むと、原因の程度については、交通事故時に既に末期がんに罹患していたことが例示として挙げられています。
Aさんの場合、交通事故時から胃癌に罹患していた可能性はあったのですが、数千枚のカルテを読み解いて、
交通事故時は癌のステージは低く、少なくとも、末期がんに至るようなステージではなかったことを最高裁判所調査官判例解説と共に立証しました。
そうしたところ裁判官は、原告(被害者)側の主張をすべて認め、Aさんが死亡した事実は一切考慮せずに、逸失利益を満額認定してくれました。
企業損害は原則的には認められないが、本件では特殊事例として企業損害を認める
企業損害が認められる裁判例は多くはありませんが、本件では、企業損害を認めさせることにも成功しました。
設立時からの株主構成、本店所在地と住所地の一致、役員が親族で構成されていること、事業内容及び実際の社長Aさんの稼働状況、
その他役員や従業員の存在やその稼働状況を丁寧に立証し、被害者Aさんと会社との一体性を主張立証していきました。
そうしたところ裁判官は、原告(被害者)側の主張を認め、企業損害も認めてくれました。
具体的には、事故前3年平均の経常利益をベースとして、Aさん入院中の期間について満額(休業損害に相当)、
Aさん死亡後の将来について満額(逸失利益に相当)、保険料など解散までに要した固定経費の損害並びに解散及び精算時の司法書士・税理士費用も全額認めてくれました。
損害賠償金合計約1億3875万円の判決(交通事故民事裁判例集55巻1号126頁・自保ジャーナル2121号34頁掲載)
弁護士費用・遅延損害金なども加味すると、合計約1億3875万円の損害賠償金獲得に成功しました。
民事裁判を実施していなければ、示談金0円の解決(ただし、自賠責保険金4000万円は異議申立てにより獲得済み。)となっていたわけですから、
訴訟提起をしてよかった事例といえます。
なお、この判決は、画期的な判決であるとして、交通事故民事裁判例集55巻1号126頁や自保ジャーナル2121号34頁といった判例誌に掲載されています。
被害者Aさんのご家族の声:県外の弁護士に頼んでよかった
父親が大きな交通事故に遭い、どうしたらよいのか分からず、母と共に、県内の弁護士を探し回りました。
難しい事件だったのか、県内の弁護士は、誰も相手にしてくれませんでした。
母はあきらめかけていましたが、新幹線に乗って、県外の弁護士を探すことを提案し、何軒かまわり、ようやく小杉先生の元へたどり着きました。
はじめて「このまま終わらせてはいけない、一緒に戦いましょう」と言ってくれた弁護士さんに出会えて、大きな不安から解き放たれた気分になりました。
なぜか、あの時点で、もう父の交通事故は解決できるなという安心に包まれました。
小杉先生はその後、飛行機で大学病院へ行ったり、裁判で戦ったりして大変だったでしょうが、私が法律相談時に感じた安心感は本物でした。
解決までの道のりは長く、父の過失割合を言われたり、私達家族の付添いは必要なかったと言われるなど、保険会社側の見解には腹の立つことも多かったですが、小杉先生が全部はねのけてくれました。
まさかここまでの解決になるとは思いませんでしたが、小杉先生と共に戦うことができて、よかったです。
父の墓前にも晴れやかな気持ちで解決を報告しました。
弁護士小杉晴洋のコメント
勝負は序盤に決まった
Aさんの事例のポイントは、
- 高次脳機能障害で戦うという方針決定をしたこと
- 飛行機に乗って医学的意見書5通を取り付けに行ったこと
- 民事裁判の冒頭に30分プレゼンを行ったこと
の3点です。
いずれも民事裁判の冒頭までに行った行動であり、ここで勝負はついていました。
普通は寛骨臼骨折か死亡で戦う
法律相談時にAさんのご家族から寄せられた情報の中に「高次脳機能障害」という単語はありませんでした。
交通事故で寛骨臼骨折の傷害を負っていますので、普通は寛骨臼骨折の怪我をさせられてしまったことについての損害賠償請求をします。
若しくは、その後Aさんは死亡していますから、病院と戦うことも視野に入れて、死亡の損害賠償請求をします。
寛骨臼骨折だけで請求をすると、賠償額は1億円を超えることはありませんし、
死亡被害であるとして請求をすると、「死因が癌」という交通事故と無関係の事情に判断を左右されてしまいます。
膨大なカルテの中から「高次脳機能障害」というものを発見し、ここを主戦場としたことが、勝因の一つとなっています。
「とりあえず裁判」という戦い方では負けていた
難事件の場合、とりあえず裁判を行って、裁判官の判断を仰ぐということが行われることがあります。
しかし、Aさんの事例では、「とりあえず裁判」をしたところで、勝訴することはなかったでしょう。
寛骨臼骨折から高次脳機能障害という因果関係を導くためには、医学的な立証が必要で、この医学的立証が、保険会社側の医学的意見書に勝るものでなくてはなりません。
Aさんの事例では、因果関係不明という判断がなされていたので、このまま裁判に突入したところで、保険会社側の著明な医師の意見書には勝てません。
そこで、まずは異議申立てによって自賠責保険の認定を変えることが必須でした。
大量のカルテの分析、大学病院の医師の過去の論文などの分析、その他医学文献の分析を行った後に、
大学病院を訪れて医師面談を実施して、その後もメールや電話で医師とのやり取りを続けることで、5通の医学的証拠の入手に成功しました。
この異議申立て・裁判前の行動が、後遺障害等級別表一1級1号の認定や、裁判での勝訴の根本となっています。
裁判官の心証をコントロールする
この裁判では、実は、序盤の期日に、原告(被害者側)・被告(加害者保険会社側)双方の弁護士にプレゼンの機会が与えられました。
令和2年以降の民事裁判はweb(teams)にて行われることが増えてきましたが、この裁判もweb裁判で進行していきました。
保険会社の顧問弁護士のプレゼンは数分で終わり、要約すると、寛骨臼骨折から高次脳機能障害は発生しないというものでした。
こちらは事前に何日もかけて準備をしておき、30分にわたり裁判官へのプレゼンを行いました。
最も大事な争点である、寛骨臼骨折から如何にして高次脳機能障害が発生したかの医学的メカニズムを、
医学文献や医学意見書の参照箇所を指摘しながら丁寧に説明し、裁判官に分かってもらいました。
その後も医学的意見書・鑑定書の応酬などはありましたが、このプレゼンの時点で、勝訴判決の未来は決まっていたように思います。
裁判官は、完全に、私の頭の中を理解してくれていました。
高次脳機能障害・骨折などの重傷・重体事例は地元の弁護士ではなく被害者側専門の全国対応弁護士に相談しましょう
本件は、一見すると、胃がんが元となって死亡したケースとして、何らの損害賠償請求をすることもなく終了となってしまうこともあり得るケースでした。
確かに、骨折から癌で死亡するというのは、通常考えられない因果関係です。
しかしながら、事故前に元気だったAさんが、交通事故後に突然容体が悪化しているわけですから、
交通事故や病院での手術が原因となったのではないかという素朴な疑問が生じるケースといえます。
こうした疑問が浮かぶケースでは、安易にあきらめてはいけません。
もちろん専門家が調査を尽くしたとしても、損害賠償請求ができない事案というのは存在しますが、まずは専門家に調査をお願いすることです。
自賠責保険の運用上、死亡よりも後遺障害等級1級の高次脳機能障害の方が重いものとして扱われていますので、
本件では、その運用をついて、高次脳機能障害での異議申立てをするという方針転換を行いました。
医療過誤訴訟を提起するというルート、死亡事故として加害者に損害賠償請求するというルートもありましたが、
医療過誤ですと病院の違法性まで立証するのがハードルが高く、
また、死亡事故として扱ってしまうとAさんの持病の関係が出てきてしまいますので、
Aさんに持病がなく、かつ、死亡よりも重く捉えられている高次脳機能障害1級1号という方針を選択するのが正しい事案であったと考えています。
このような判断は、弁護士であれば誰しもできるものではなく、被害者側の専門としてやっている弁護士でなければ難しいものです。
現に、Aさんのご家族も、地元の複数の弁護士に断られた末に、県外の私のところにたどり着いています。
死亡事故や高次脳機能障害というのは、扱うのが非常に難しい類型ですので、ご家族が死亡事故や高次脳機能障害になってしまったという方については、
被害者側専門の弁護士に相談されることをおすすめします。