労災事故被害に遭ってしまった場合、そのおケガに対して治療やリハビリをしていく必要があります。
業務中や通勤途中の事故であれば、労働者の落ち度による怪我であったとしても、労災に対して療養補償給付(通勤災害の場合は「療養給付」)の申請をして、治療費を支払ってもらうことができます。治療費は「症状固定」(労災用語では症状が残っていても「治ゆ」と表現されます。)と呼ばれる時期まで支払ってもらうことができますが、おケガが重傷の場合は、アフターケア制度によって症状固定(治ゆ)後も治療費を支払ってもらうことができます。
また、加害者が存在する労災事故や、会社に落ち度のある労災事故の場合は、治療費やその関連費用を損害賠償という形で請求していくことができます。
以下では、療養(補償)給付、アフターケア制度の申請関係や、治療関係の損害賠償請求について、それぞれ説明していきます。
療養(補償)給付は、被災労働者の傷病等に対する治療費及び関連費用が基本的に全額支給されます。
支給される内容には以下のようなものがあります。
支給を受けられるかどうかは、傷病等の性質に応じて、一般的に治療効果があるとされているかどうかによって決まります。
労災指定医療機関で治療等を受けた場合、当該医療機関に労災請求用紙を提出すれば、無料で治療を受けることができます(5号請求と呼ばれます。)。
労災指定医療機関以外の場合は、いったん被災労働者が治療費全額を支払った上で、その領収書などを労災申請の際に添付して治療費の請求を行い、請求人が指定する口座へ送金を受けます(7号請求と呼ばれます。)。
症状固定(労災用語だと「治ゆ」)後の治療費は原則として支払われませんが、アフターケア制度を利用できる場合、症状固定後の治療費も労災保険によって支払ってもらうことができます。
対象の傷病としては、
が挙げられています。
労災保険でいうと、治療関係費は療養(補償)給付に対応します。
以下では、労災事故加害者や労災事故について責任を負う会社に対して損害賠償請求をすることのできる治療関係費について見ていきます。
治療費は、「必要かつ相当な実費全額」が認められるとされています。
治療費の相当性については、高額診療・過剰診療として問題となるケースがありますが、病院での治療ではほとんど問題となりません。
また、多くは療養(補償)給付で対応してもらえますので、加害者や会社に対して治療費の損害賠償請求をしていくことは、あまり多くありません。
なお、労働基準監督署は損害賠償責任を負う加害者や会社が存在する場合には、療養(補償)給付を支払った後に、加害者や会社に対して求償請求を行います。
したがいまして、労災被害者が療養(補償)給付により治療を受けたとしても、加害者や会社が損害賠償責任を免れることになるわけではありません。
整骨院・接骨院、鍼灸、あんま、マッサージ、指圧など病院以外の治療関係費は、「症状により有効かつ相当な場合、ことに医師の指示がある場合などは認められる傾向にある」とされています。
病院での治療費については、治療期間について争われることはあるものの、治療内容について必要性・有効性などが争われることは少ないですが、整骨院・接骨院、鍼灸、あんま、マッサージ、指圧など病院以外の治療類似行為については現れることが多いです。
医師の指示がポイントとなってくるため、仕事の都合などで整形外科に通いづらく整骨院に通いたいという方については、その旨、整形外科医に話をして、指示や同意を取り付けることが重要となってきます。
ただし、東洋医学について理解のある医師もいますが、整骨院など医療類似行為を認めていませんと宣言される医師もいます。
このような場合には、医師の指示や同意を取り付けることは不可能に近いです。
では、医師の指示や同意のない場合には、整骨院・接骨院、鍼灸、あんま、マッサージ、指圧など病院以外の施術費は認められないかというと、そういうわけではありません。
医師の指示や同意のない場合、加害者サイドは、これ見よがしに施術費を否定してきたりすることがありますが、東洋医学については「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」及び「柔道整復師法」により法的に免許制度が確立されたものですから、医師の指示や同意のない限り施術の必要性が認められないということはありません。
実際、優秀な柔道整復師などの先生は多くいらっしゃいますし、施術効果があがっている事例も多いです。
鍼灸治療に関していえば、病院においてもペインクリニックが鍼灸治療を用いているなど、その治療法が全国的に普及・一般化してきているともいえ、医師の指示や同意がなくとも労災事故との相当因果関係が認められるべきケースというのは多々あります。
医師の指示・同意を取り付けることがまず大事ではありますが、これが取り付けられなかった場合には、施術期間・施術内容・施術費の相当性などについて具体的に主張立証をしていくことになります。
なお、施術(リハビリ)期間については、整骨院・接骨院は6か月程度、鍼灸は12か月程度が目安とされています。
症状固定(治ゆ)とされた場合、これ以上治療しても症状は改善せず、後遺障害として残ってしまうとの判断がされたということですから、症状固定日以降の治療費は原則として認められません。
ただし、
などについては、症状固定後の治療費や将来治療費が認められるものとされています。
ちなみに、症状固定後の治療費とは、症状固定後に出費した治療費のことです。
将来治療費とは、平均余命までの間に出費するであろう将来の治療費のことで、症状固定後の治療費と異なり、まだ出費のないものをいいます。
なお、労災申請のアフターケア制度によっても、症状固定後の治療費が支払われることがあります。
労災事故での治療において、通院するにあたって支出した交通費は、損害賠償請求により回収することができます。
なお、通院の際の電車料金やバス料金が否定されるということは滅多にありませんが、タクシー代については、足のケガであるなどタクシー通院の必要性が認められなければ否定されてしまうことがあるので注意が必要です。
また、自家用車での通院の場合は、1㎞あたり15円計算で交通費が支払われることになっています。
ガソリン代の領収証などを保管しておく必要はありませんが、通院の際に駐車場料金が発生したという場合には、駐車場の領収証が必要となってきますので、駐車場の領収証については保管しておくようにしてください。
重度の後遺障害が残ってしまい、症状固定(治ゆ)後も通院が必要と判断される場合には、平均余命までの将来治療費が認められることになっています。
将来治療費が認められる場合は、将来治療する際にかかる通院交通費も認められます。
近親者が入院に付添い看護している場合、付添人が病院へ訪れる際の交通費も、労災被害者本人の損害として認められることになっています。
また、通院に付添い看護している場合も、被害者本人の交通費のみならず、付添人の交通費も労災被害者本人の損害として認められることになっています。
入院看護ではなく、見舞いのために近親者が病院へ行った際の交通費も認められることがあります。
子どもがアルバイトでの労災事故で入院してしまった場合や、労災事故被害が重大な場合(労災死亡事故含む。)に認められる傾向にあります。
労災事故前は電車・バス・自家用車などで通勤していたが、足のケガなどにより従来の通勤方法では通勤できなくなり、タクシーを利用して通勤したという場合、このタクシー代が損害として認められることがあります。
労災事故に遭い入院してしまったという場合、入院中の寝具・衣類・洗面具・食器等の日用品雑貨費の支出を余儀なくされたり、他にも、入院の報告や家族との連絡などのための電話代、新聞雑誌代・テレビ賃借料などの文化費など細々とした支出を余儀なくされることが多いです。
労災事故による損害賠償請求というのは、損害の裏付けとなる証拠を労災被害者の方で準備して、1つ1つ立証していくのが原則となっていますが、上記の入院中の雑費を1つ1つ個別に立証し、その相当性を判断していくというのは、著しく手間であるし、実益に乏しいことから、一般的に、入院雑費は日額1500円と定額化されています。
したがいまして、入院していたことの立証さえ行えばよく、レシートなどを一々保管しおく必要はありません。
ただし、日額1500円以上の請求をしていくという場合は、証拠が必要となってきますので注意が必要です。
病院から発行される診断書の料金や、カルテ発行の手数料、医師に意見書を書いてもらった際の費用などは、損害賠償請求関係費用として、加害者や会社に損害賠償請求をしていくことができます。
被害者が入院している間の、家族の付添い費用が認められることがあります。
入院付添費は、日額6500円というのが裁判の一般的な相場とされていますが(東京地方裁判所平成25年3月7日判例タイムズ1394号50頁など)、症状の程度によっては1割~3割の範囲で増額が考慮されることがあります(7,150円~8,450円)。
また、仕事を休んで入院に付き添ったという場合で、欠勤分の給料減少額(もしくは有給休暇を取得した場合の給料日額)が上記入院日額を上回る場合は、この休業損害相当額を入院付添費として請求していくことになります。
足を骨折して歩行できない、高次脳機能障害のため1人で通院できないといった場合、家族の通院付添い費が認められることがあります。
通院付添費は、日額3300円というのが裁判の一般的な相場とされていますが、事情に応じて増額されることがあります。
また、仕事を休んで通院に付き添ったという場合で、欠勤分の給料減少額(もしくは有給休暇を取得した場合の給料日額)が上記通院日額を上回る場合は、この休業損害相当額を通院付添費として請求していくことになります。
退院後に自宅療養している間、ご家族が自宅で付添い看護をしているという場合、自宅付添費が認められることがあります。
裁判相場日額というものは決まっていませんが、入院付添費の日額6500円というのが目安になります。
ただし、入院時よりも症状が改善していることが多いと思われますので、事情によっては日額6500円よりも低額の認定となることがあります。
他方で、入院中は看護師による完全看護体制が取られているのに対し、自宅看護中はご家族が主に看護をしなければならなくなりますから、入院付添費よりも高額の日額算定がなされることもあります。
重度の後遺障害を残してしまい、今後もずっと介護が必要であるという方については、将来介護費が認められることになっています。
職業付添人に介護を頼んでいる場合や、介護施設に入所している場合については、その実費相当額が認められます。
ご家族の方が介護をしているという場合は、日額8,000円が裁判基準とされています。
ただし、これらについては、具体的看護状況によって増減することがあるとされています。
また、子どもが労災事故に遭い重度の後遺症を残してしまい、親がその介護をしているという場合は、親が67歳になるまでは近親者介護として計算し、親が67歳となった以降は職業付添人介護として将来介護費を算定することが多いです。
なお、将来の費用となりますので、逸失利益と同様、中間利息の控除が行われます。
また、現在は介護保険給付によって1割分の介護費しか負担していない場合であっても、将来介護費の算定に当たっては10割の請求ができることになっています。
例えば、現在の年間の介護費負担が50万円という場合は、将来介護費の算定にあたっては、年間介護費負担は500万円ということになります。
そして、この年額が平均余命の期間認められることになっています。
平均余命の計算は、厚生労働省が毎年出している簡易生命表によって行いますが、例えば、令和4年の50歳女性の場合、平均余命は38年とされています。
年間介護費500万円・平均余命38年の場合の将来介護費は、500万円×38年に対応するライプニッツ係数22.4925=1億1246万2500円となります。
重度の後遺障害を残してしまい、おむつ代などの雑費の出費を余儀なくされているという場合、平均余命までの将来雑費が損害として認められることがあります。
将来雑費の種類としては下記のようなものが挙げられます。
例えば、令和4年の50歳女性について、月10万円の介護雑費の支出があるケースにおける将来雑費は、月10万円×12か月×平均余命38年に対応するライプニッツ係数22.4925=2699万1000円となります。
おむつ代など細々とした雑費の支出も、今後一生続くとなると多大な出費となりますので、領収書やレシートなどを保管しておくようにしてください。
車いす・介護用ベッドなどの装具・器具の購入費は、必要性があれば認められることになっていて、また、同じものを一生使い続けるわけにはいきませんから、耐用年数に応じた将来の買い替え費用も請求できることになっています。
損害として認められる装具・器具としては、下記のようなものが挙げられます。
義眼、メガネ、コンタクトレンズ
補聴器
義歯、歯・口腔清掃用具、吸引機、障害者用はし、うがいキャッチなど
義手、上肢装具など
義足、車いす(手動・電動・入浴用)、盲導犬費用、折り畳み式スロープ、歩行訓練器、下肢、装具、短縮障害対応の特注靴、杖、自動車リフトなど
電動ベッド、介護支援別途、エアマット、体位変換補助用具、特殊寝台専用手すり、ベッドサイドテーブルなど
入浴についての天井走行リフトや走行用レール、入浴用担架、洗髪器など
人工呼吸器、コルセット、サポーター、介護テーブル、座位保持装置、起立保持具、補助いす、脊髄刺激装置、カツラ、エレベーター、手すり、パソコン、障害者用マウス、会話補助具など
労災事故被害者の後遺障害の内容や程度からして、必要性が認められる場合には、家屋改造費・自動車改造費・転居費用・家賃差額・自動車購入費などの相当額が認められることになっています。
ただし、バリアフリー化などは他の家族の便益となることもありますので、全額が損害として認められずに、支出した費用の一部のみが損害として認められることも多いです。
立証の良し悪しによって、認定額が変わってくる損害費目です。
労災事故前の家や自動車の状況と、被害者の後遺障害の内容程度を照らし合わせて、このままでは家で生活できないことや、病院への通院に支障が出ることを立証していく必要があります。
また、医学的見地からの意見も重要ですので、医師にも、従来の家の状況や車の状況を写真などで確認してもらい、どのような家屋改造や自動車改造などが必要であるのかについて医学的な意見をもらうことも行っていきます。