脳損傷 神経症状
植物人間(弁護士法人小杉法律事務所監修)
こちらの記事では、事故により植物人間になってしまった場合の損害賠償について整理しています。
植物人間(植物状態)・遷延性意識障害とは
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、142頁、280頁)
どのような状態なのか
植物人間とは、頭部外傷や脳内出血などのため昏睡状態に至り、生命の危機を脱したのちに開眼できる状態にまで回復したものの、周囲との意思疎通能力を喪失した状態のことを言います。
遷延性意識障害、遷延性昏睡、(遷延性)植物状態とも言います。
大脳半球が広範囲(びまん性)に障害されているものの、脳幹機能は保たれているので呼吸は可能で、心拍も維持されます。
診断基準
次の6つの項目をすべて満たし、かつ3か月以上継続して固定すると、遷延性意識障害と診断されます。
1 | 自力移動ができない |
2 | 自力で食物を摂取できない |
3 | 糞・尿失禁状態である |
4 | 眼球がものを負うことはあるが認識はできない |
5 | 「目を開け」「手を握れ」等の簡単な命令に応じることがあるが、それ以上の意思疎通はできない |
6 | 声は出るが意味のある発語ではない |
脳死との区別
脳死とは、全脳の不可逆的機能喪失で、脳機能の回復はない状態(全脳死)です。
自発呼吸はなく、人工呼吸器管理下でなければ呼吸循環を維持できません。
短期間のうちに従来の1;心停止、2:呼吸停止、3:瞳孔散大という死の三徴候を呈します。
植物人間状態になる原因は
交通事故や労災事故等による頭部外傷で大脳半球が広範囲(びまん性)に障害され、昏睡状態に陥ることが原因です。
どのような症状か
周囲との意思疎通能力が喪失します。
声をだしても意味のある発言をすることは全く不可能です。
「目を開け」「手を握れ」というふうな簡単な命令にかろうじて応じることもありますが、それ以上の意思疎通は困難です。
眼球はかろうじて物を追っても認識はできません。
大脳半球が広範囲(びまん性)に障害されているものの、脳幹機能は保たれているので自発呼吸は可能です。
治療はどのようになるか
栄養補給や褥瘡予防などの適切な看護により、数年~数十年の間生存が可能だと言われています。
脳死とは異なり意識障害の一つなので、まれに回復することもあると言われます。
認定されうる後遺障害等級
交通事故で頭部外傷後に遷延性意識障害になった場合、自賠責保険に関する法令である自動車損害賠償保障法施行令の別表に示される後遺障害を整理すると次のようになります。
別表第一第1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの。
→生命維持に必要な身のまわり処理の動作について常時介護を要するもの |
損害賠償請求時、何に注意すべきか
遷延性意識障害の場合、将来介護費、介護用ベッド費用、車椅子購入費用、家屋改造費、自動車改造費・購入費、後見人関係費用、近親者慰謝料等の請求が必要になってきます。
忘れずに検討し、請求費目に加算しないといけません。
将来介護費
遷延性意識障害の場合、「常に介護を要するもの」として1級が認定されますので、介護費用の請求が必要になります。
在宅介護費用
・日額について
近親者による介護を前提とする場合、日額8000円程度の認定になることが多いです。
職業付添人による介護を前提とする場合、赤本では「実費全額」としていますが(2024年版赤本上巻28頁)、日額2万円以内に抑えられている裁判例が多いです。
また、現在は近親者介護が行われているが、将来的には職業介護が実施されるという前提で介護費用額の算定をする裁判例が多くなっています。
例えば、現在介護を行っている近親者が体力的に介護可能だと考えられる67歳までは近親者介護、それ以降は職業介護が行われる前提で算出する方法です。
・公的援助と損害算定
付添費について、介護保険法、障害者総合支援法による介護給付の支給が現になされていたり、将来に可能性がある場合、賠償金額との調整が問題になることがあります。
(後者についてはそもそも調整の対象になるのかそれ自体が論点として残っていますが、)裁判の場合、口頭弁論終結時において履行されたもの及び履行が確定しているものに限って調整がなされることが多いです。
施設介護費用
入居に際して比較的大きな金額が一時金として支払われることが多く、この金額が損害額として認められるかという論点があります。
契約内容を検討して一時金の性質を判断し、適宜主張していく必要があります。
施設の利用料すべてが介護費用となるわけではなく、食費や日用品、住居費など生活に金額は要介護状態でなくてもどのみち支出すべきものなので、損害項目としての介護費用には参入しない裁判例が多く、注意が必要です。
介護用ベッド費用、車椅子購入費用
介護用ベッドについては、在宅介護が可能であり、現にそうなっている、あるいは将来そうなる予定があれば請求可能です。
被害者側の主張する購入金額をもとに結論の金額を出す裁判例が多いですが、実勢価格と差額がある場合に割合的に減額されたり、通常ベッド購入費用は事故に遭わなくても支出されたものとして減額考慮されるケースもあります。
耐用年数に応じて、平均余命までの間に買い替えをすることになるので、その支出予定額も損害として認められます。
車椅子については、室内用と屋外用の2台分を認める裁判例が多いです。
こちらについても実際の購入金額がベースになりますが、実勢価格を考慮して減額する裁判例があります。
いずれも耐用年数に応じて、平均余命までの間に買い替えをすることになるので、その支出予定額も損害として認められます。
介護保険法、障害者総合支援法による給付の支給が現になされていたり、将来に可能性がある場合、賠償金額との調整が問題になることがあります。
(後者についてはそもそも調整の対象になるのかそれ自体が論点として残っていますが、)裁判の場合、口頭弁論終結時において履行されたもの及び履行が確定しているものに限って調整がなされることが多いです。
家屋改造費
介護のために既存家屋を改造した場合、これから改造を施行する場合、建物を新築する場合、土地を新たに購入する場合など、事案に応じて様々な可能性があります。
こちらについては改造等の必要性、支出額の相当性(不要な高級仕様になっていないか等)、被害者以外の家族が改造等により事実上享受する便益等が争点になり、現実の費用額の一部に限定して賠償額を定める裁判例があります。
個別の事案ごとに、必要性と相当性を裏付けていく立証活動が必要です。
介護保険法、障害者総合支援法による給付の支給が現になされていたり、将来に可能性がある場合、賠償金額との調整が問題になることがあります。
(後者についてはそもそも調整の対象になるのかそれ自体が論点として残っていますが、)裁判の場合、口頭弁論終結時において履行されたもの及び履行が確定しているものに限って調整がなされることが多いです。
自動車改造費・購入費
在宅介護を受けている遷延性意識障害の被害者が、外出や通院などのために車両での移動を要するときに車椅子での乗車や積載を容易に行えるようにするために車両を改造したり、新たに福祉車両を購入する場合の費用です。
耐用年数に応じて、平均余命までの間に買い替えをすることになるので、その支出予定額も損害として認められます。
後見人関係費用
事故によって事理弁識能力を欠く状態になった場合、診療報酬契約や施設入所契約の締結、損害賠償請求などをするにあたり、成年後見人を選任する必要があります。
成年後見開始申立をする場合に必ず必要になる、法定費用(申立手数料、登記用収入印紙代、予納郵券代)のほか、添付書類の取り寄せなどに要した費用、鑑定費用は損害として認められます。
後見人報酬や後見監督人報酬は、家庭裁判所が公表する報酬額の目安を基礎に、損害算定がなされる傾向にあります。
将来の後見人報酬は、後見開始審判の取消が見込まれない場合には、平均余命までを算定して請求することになります。
慰謝料(本人の慰謝料と近親者慰謝料)
慰謝料は基本的には被害者が受けた精神的苦痛に対する損害の賠償ですが(民法710条)、遷延性意識障害を含む「重度の後遺障害の場合には、近親者にも別途慰謝料請求権が認められる」(2024年版赤本上巻234頁)とされており、この場合では被害者本人の慰謝料とは別個に親族固有の慰謝料請求が可能です。
→遷延性意識障害事案における慰謝料についてはこちらの記事で整理しております。
弁護士に相談を
交通事故等で頭部外傷を負い遷延性意識障害になってしまう可能性があります。加害者に対しての損害賠償請求を適切に行うためには、受傷態様や残存した後遺障害についての立証資料を適切に収集する必要があります。弁護士法人小杉法律事務所の所属弁護士に是非ご相談ください。