脳損傷 神経症状
遷延性意識障害について(弁護士法人小杉法律事務所監修)
こちらの記事では遷延性意識障害について整理しています。
遷延性意識障害は意識障害の一つですので、まずは意識障害とは何かというところから記載しています。
意識障害とは
意識は意識レベル(覚醒度)と認識機能の2つの要素で捉えることができます。
2つとも両方が正常に保たれている状態を意識清明といい、どちらか一方、あるいは両方が障害された場合を意識障害といいます。
意識レベル(覚醒度)の異常:意識混濁
傾眠、昏迷、半昏睡、昏睡(右に行くほど重症です)等の状態を意識混濁と言います。
意識レベルの判定には日本ではJCSとGCSが多用されます。
認識機能の異常:意識変容
せん妄、錯乱、もうろう状態などの状態を意識変容といいます。
意識障害の評価方法(JCS、CGS)
日本ではJCS(Japan Coma Scale:ジャパンコーマスケール)とGCS(Glasgow Coma Scale(グラスゴーコーマスケール))が多用されます。
JCS
こちらは意識レベル(覚醒度)の評価に用います。
覚醒の程度によって、Ⅰ(1桁)、Ⅱ(2桁)、Ⅲ(3桁)の三段階に大きく分け、さらにそれを3段階に分けます。
点数は「Ⅱ-20」などと表記します。健常者(意識清明)は「0」と表記されます。
点数が高いほど状態が悪いということになり、遷延性意識障害の一要素である「昏睡」はⅢ-300の状態です。
Ⅰ:刺激しないでも覚醒している状態
0 | 意識清明 |
1(Ⅰ-1) | 意識清明とは言えない |
2(Ⅰ-2) | 当見識障害がある |
3(Ⅰ-3) | 自分の名前、生年月日が言えない |
Ⅱ:刺激すると覚醒
10(Ⅱ-10) | 普通の呼びかけで容易に開眼する |
20(Ⅱ-20) | 大きな声または体を揺さぶることにより開眼する |
30(Ⅱ-30) | 痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する |
Ⅲ:刺激しても覚醒しない状態
100(Ⅲ-100) | 痛み刺激に対し、払いのけるような動作をする |
200(Ⅲ-200) | 痛み刺激で少し手足を動かしたり顔をしかめる |
300(Ⅲ-300) | 痛み刺激に全く反応しない |
GCS
こちらは意識レベル(覚醒度)と意識内容を別々に評価しています。
開眼機能(E)、言語機能(V)、運動機能(M)の3要素に分けて意識状態を指標化し、合計点数により評価します。
合計点は「7(E1 V2 M4)」などと表記します。健常者だと15点(満点)、最低点は3点です。
点数が低いほど状態が悪いということになります。
通常、11点以上の患者では中程度の障害を残すか良好に回復し、7点以下の患者は死亡したり遷延性意識障害(植物状態)になることが多いと言われています。
開眼(E:eye opening)
自発的に開眼 | 4 |
呼びかけにより開眼 | 3 |
痛み刺激により開眼 | 2 |
なし | 1 |
言語(V:verbal response)
当見識あり | 5 |
混乱した会話 | 4 |
不適切な単語を使う | 3 |
無意味な発声 | 2 |
発語が無い | 1 |
運動機能(M:motor response)
指示に従う | 6 |
痛み刺激の部位に手足を持ってくる | 5 |
痛みに手足を引っ込める(逃避屈曲) | 4 |
痛みに上肢を異常屈曲させる(徐皮質姿勢) | 3 |
痛みに上肢を異常伸展させる(徐脳姿勢) | 2 |
全く動かない | 1 |
意識障害のメカニズム・原因
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、135~136頁)
メカニズム
意識のうち、意識レベルの維持は主に脳幹網様体と間脳の視床下部が、認識機能の維持には主に大脳半球が関与しています。
ですので、脳幹障害、両側間脳障害、大脳半球の広範の障害のいずれか、またはこれらの病変が混在した場合に、意識障害が生じます。
※補足
脳幹は、上から中脳、橋、延髄の3つが重なって構成されています。↑のイラストだと、見えているのは橋の下部と延髄の部分だけ(紫色)で、橋の中部より上と中脳は側頭葉に隠れている状態です。
間脳は脳幹の上部に位置し、大脳眼球の中心部にありますので、↑のイラストでは図示されていません。強引に表現すれば、側頭葉の緑色と頭頂葉の赤色が交わるあたりにあります。視床上部、視床、視床下部から構成されます。
→脳幹や間脳含む脳全体の構造や各部位の機能についてはこちらの記事をご覧ください。
原因
大きくは、頭蓋内に一次的な原因を有している器質的脳疾患と、頭蓋外の原因で二次的に脳機能が障害されている機能性脳疾患に分けられます。
器質的脳疾患(一次的)(頭部外傷含む)
交通事故等による頭部外傷で発生する場合がありますが、脳血管障害によるものも多いです。
機能性脳疾患(二次的)
心不全、糖尿病、肝不全、腎不全等があります。
遷延性意識障害とは
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、142頁、280頁)
どのような状態を指すか
遷延性意識障害とは、頭部外傷や脳内出血などのため昏睡状態に至り、生命の危機を脱したのちに開眼できる状態にまで回復したものの、周囲との意思疎通能力を喪失した状態のことを言います。
大脳半球が広範囲(びまん性)に障害されているものの、脳幹機能は保たれているので自発呼吸は可能で、心拍も維持されます。
栄養補給や褥瘡予防などの適切な看護により、数年~数十年の間生存が可能だと言われています。
(遷延性)植物状態ともいわれますが、脳死とは異なり意識障害の一つなので、まれに回復することもあると言われます。
診断基準
次の6つの項目をすべて満たし、かつ3か月以上継続して固定すると、遷延性意識障害と診断されます。
1 | 自力移動ができない |
2 | 自力で食物を摂取できない |
3 | 糞・尿失禁状態である |
4 | 眼球がものを負うことはあるが認識はできない |
5 | 「目を開け」「手を握れ」等の簡単な命令に応じることがあるが、それ以上の意思疎通はできない |
6 | 声は出るが意味のある発語ではない |
脳死との区別
脳死とは、全脳の不可逆的機能喪失で、脳機能の回復はない状態(全脳死)です。
自発呼吸はなく、人工呼吸器管理下でなければ呼吸循環を維持できません。
短期間のうちに従来の1;心停止、2:呼吸停止、3:瞳孔散大という死の三徴候を呈します。
認定されうる後遺障害等級
交通事故で頭部外傷後に遷延性意識障害になった場合、自賠責保険に関する法令である自動車損害賠償保障法施行令の別表に示される後遺障害を整理すると次のようになります。
別表第一第1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの。
→生命維持に必要な身のまわり処理の動作について常時介護を要するもの |
慰謝料について
慰謝料は基本的には被害者が受けた精神的苦痛に対する損害の賠償ですが(民法710条)、遷延性意識障害を含む「重度の後遺障害の場合には、近親者にも別途慰謝料請求権が認められる」(2024年版赤本上巻234頁)とされており、この場合では被害者本人の慰謝料とは別個に親族固有の慰謝料請求が可能です。
被害者本人の慰謝料
被害者本人に発生する慰謝料としては、事故日から症状固定日までの治療期間に対応する慰謝料(傷害部分慰謝料)と、残存した後遺障害の等級に応じた後遺障害慰謝料の2種があります。
いずれについても赤本記載の基準額を原則とし、事案に応じて調整がなされることがあるという印象です。
傷害部分慰謝料(治療期間に対応する慰謝料)
赤本の基準では、入院期間、通院期間に応じて目安となる基準額が決まります。
たとえば入院のみ6か月の事案なら244万円となっています(2024年版赤本上巻212頁の別表Ⅰ)。
後遺障害慰謝料
赤本記載の基準額(2024年版赤本上巻216頁)では、後遺障害第一級の場合2800万円になります。
増額事案もありえます。
加害者による事故後の著しい不誠実な態度(救護活動を行わずに現場から逃走し、証拠隠滅した事例など)により、被害者の精神的損害が増大した場合には増額理由になりえます。
親族固有の慰謝料
「重度の後遺障害の場合には、近親者にも別途慰謝料請求権が認められる」(2024年版赤本上巻234頁)とされており、遷延性意識障害の場合では被害者本人の慰謝料とは別個に親族固有の慰謝料請求が可能です。
例えば、以下のような事例があります。
・植物状態の小学生(症状固定時8歳)の事案で母親に800万円の慰謝料を認めた事案(横浜地裁判決平成12年1月21日判決)
・遷延性意識障害の高校生(症状固定時23歳)の事案で父母それぞれに400万円の慰謝料を認めた事案(大阪地裁平成19年1月31日判決)
・遷延性意識障害の中学生(症状固定時17歳)の事案で父母にそれぞれ400万円、姉と兄にそれぞれ200万円の慰謝料を認めた事案(神戸地裁伊丹支部平成30年11月27日判決)
弁護士に相談を
交通事故等で頭部外傷を負い遷延性意識障害になってしまう可能性があります。加害者に対しての損害賠償請求を適切に行うためには、受傷態様や残存した後遺障害についての立証資料を適切に収集する必要があります。弁護士法人小杉法律事務所の所属弁護士に是非ご相談ください。