上肢 神経症状
腕神経叢(弁護士法人小杉法律事務所監修)
本記事では、末梢神経損傷のうち、腕神経叢損傷について整理しています。
→末梢神経損傷一般についてはこちらの記事で整理しております。
本記事をご覧になってピンとこない用語があるかもしれませんので(C5やT1が何か、脊髄神経が何か、神経剥離術等の手術はどのようなものか、など)、必要に応じてご確認いただければ幸いです。
腕神経叢とは
(標準整形外科学第15版(医学書院)、893頁)
腕神経叢は第5頚神経(C5)から第1胸神経(T1)の前枝によって構成されます。
部位としては頚から肩の付け根付近に存在し、肩の付け根付近から多くの抹消神経(腋窩神経、橈骨神経、筋皮神経、正中神経、尺骨神経など)を分岐し、上肢機能を支配しています。ですので、腕神経叢損傷では上肢の重大な機能消失が生じることになります。
腕神経叢は複雑な解剖学的構造を有するため、正確に神経損傷部位を診断することは困難な場合が多いと言われています。さらに、神経損傷が数カ所で生じていることが多く、治療の際には各損傷部位に応じた神経修復術や機能再建術を組み合わせて行うことが必要です。
どのような場合に受傷するか
上肢・頭頚部に対する過大な牽引力を伴う受傷で好発します。
オートバイの転倒事故が最も多く、そのほかに高所からの転落や落下物に当たるなどの高エネルギー外傷が多いです。
鎖骨骨折を受傷した場合、時に腕神経損傷を合併することがあるともいわれています。
腕神経叢損傷で生じる症状
簡単に説明すれば、一側の上肢に限局する弛緩性麻痺としびれ、疼痛がみられます。
詳細には、腕神経叢を構成する脊髄神経のどこが損傷したかで分かれます。
損傷範囲による分類
腕神経叢は脊髄神経のうち、第5頚神経(C5)から第1胸神経(T1)の前枝によって構成されます。
どの範囲の脊髄神経が損傷されたかで、上位型、下位型、全型に分類できます。
上位型 | C5、C6(時にC7も含む)の損傷 |
下位型 | (時にC7も含み)C8、T1の損傷 |
全型 | C5、C6、C7、C8、T1すべての損傷 |
そして、損傷範囲がどの範囲かにより、発生する症状の範囲も異なります。
上位型
運動麻痺(筋力低下・筋委縮など) | 〇肩関節の外転・外旋障害
〇肘関節の屈曲障害 〇前腕の回外障害 |
感覚障害(手足のしびれ感、感覚鈍麻など) | 〇上腕外側・前腕撓側 |
下位型
運動麻痺(筋力低下・筋委縮など) | 〇指の屈曲障害
〇手の巧緻運動障害 |
感覚障害(手足のしびれ感、感覚鈍麻など) | 〇上腕内側~前腕・手指尺側 |
全型
運動麻痺(筋力低下・筋委縮など) | 〇上肢全体の運動麻痺 |
感覚障害(手足のしびれ感、感覚鈍麻など) | 〇上肢全体 |
※巧緻運動障害:主に手指における細かく精密な作業(ボタンを留める、箸を使う、字を書く動作など)ができなくなること。
※上肢全体:肩関節から手指まで
→腕神経叢損傷で生じる麻痺症状についてはこちらの記事でも整理しています。
治療方針・検査
診断においては、上記でご説明した損傷範囲による分類に加え、損傷高位による分類も重要です。
節前損傷(引き抜き損傷)の場合は自然回復は望めず、神経に対する直接的な修復を行うこともできません。
腕神経叢損傷が生じた場合、それが節前損傷なのかどうかの判断が重要です。
損傷高位による分類
脊髄から出た脊髄神経はまず前根と後根に別れ、合流した後椎間孔を通過し、体の各部位に伸びていきます。
後根には椎間孔を追加する手前に後根神経節という部位があり、そこを境目にして、節後損傷と節前損傷に分類しています(損傷高位による分類)。
節前損傷は引き抜き損傷ともよばれます。
節後損傷(後根神経節より遠位部の損傷) | 神経修復の可能性あり | |
節前損傷(引き抜き損傷)(後根神経節、及び後根神経節より近位部の損傷) | 神経修復の可能性なし |
※遠位部:体幹から遠い
※近位部:体幹に近い
検査
(標準整形外科学第15版(医学書院)、894頁)
神経根近傍より分岐する長胸神経麻痺、横隔神経麻痺や肩甲背神経麻痺、さらにホルネル徴候を認めれば、引き抜き損傷を強く疑います。
また、ヒスタミンを損傷した神経の支配領域に皮下注射して周辺部に発赤、腫脹をきたすことも引き抜き損傷を示唆する所見です。
他方、発汗障害などの交感神経障害を認めた場合や、鎖骨上窩から腋窩にかけてティネル徴候を認めた場合は節後損傷を疑います。
引き抜き損傷では、脊髄造影および造影CTにおいて硬膜からの造影剤の漏出や髄膜瘤を認めます。
※硬膜:脊柱管内の脊髄は髄膜で包まれていますが、髄膜は内側から外側へ、軟膜、くも膜、硬膜の3層構造になっています。
最近は、MRI検査の診断制度が向上しているため、引き抜き損傷の診断に広く利用されるようになっています。
治療
(標準整形外科学第15版(医学書院)、894~895頁)
切創や刺創などの開放損傷、鎖骨下動脈損傷合併例などを除き、原則的には慎重に経過を観察し、3か月経過しても自然回復が認められない場合には腕神経叢を展開し、直視下に損傷の部位と状態を調べます。
引き抜き損傷の場合は、直視下での確認はできないため、術中に各神経根を電気刺激し、大脳感覚野からの体性感覚誘発電位(SEP)もしくは頚部硬膜外腔からの脊髄誘発電位(SCEP)を測定します。
術前の検査所見も加味し、SEPまたはSCEPが記録されない場合は引き抜き損傷、記録された場合は節後損傷と診断します。
引き抜き損傷に対しては、神経剥離術や神経移植術を行うことはできず、神経移行術もしくは筋移行術などの機能再建術を選択します。
神経根より遠位の節後損傷に対しては損傷形態により神経剥離術もしくは神経移植術を選択します。
認定されうる後遺障害
痛みやしびれ等の神経症状や、運動麻痺による関節の機能障害等について認定可能性があります。
→認定されうる後遺障害等級についてはこちらの記事(末梢神経損傷一般)でご確認いただければ幸いです。
弁護士に相談を
交通事故や労災事故等で受傷し、腕神経叢損傷を損傷した場合、損害賠償請求を加害者側に対し適切に行うために、損傷の部位や態様を把握し、残存した後遺障害についての立証資料を適切に収集していく必要があります。弁護士法人小杉法律事務所の所属弁護士による無料相談を是非ご活用ください。