脳損傷 神経症状
急性硬膜下血腫(弁護士法人小杉法律事務所監修)
こちらの記事では、急性硬膜下血腫について記載しています。
急性硬膜下血腫(ASDH)とは
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、282~283、286~頁)
急性硬膜下血腫は、急性頭蓋内血腫の一形態です。
英語表記は acute subdural hematoma でして、ASDHが略称です。
急性頭蓋内血腫とは
頭部について、外側から順に構造を整理してみると、下のようなイメージになります。
外側>>>皮膚>頭蓋骨>硬膜>くも膜>軟膜>脳>>>内側
硬膜、くも膜、軟膜は3つ合わせて髄膜と言います。くも膜と軟膜の間にはくも膜下腔というスペースがあり、髄液で満たされています。
強い外力が頭部に働くことで頭蓋内に血腫が発症することを急性頭蓋内血腫と言いますが、損傷部位と血腫の位置から、次の3つに分類されます。
1 | 硬膜外血腫(頭蓋骨と硬膜の間で出血) |
2 | 硬膜下血腫(硬膜とくも膜の間で出血) |
3 | 脳内血腫(脳実質内の出血) |
原則的に頭蓋骨は変形しませんので、頭蓋内血腫の出現等により頭蓋内容積が増加すると、頭蓋内圧が亢進し、頭痛、嘔吐・嘔気、外転神経麻痺、意識障害をきたし、脳ヘルニアや生命の危険につながる可能性があります。そのため、早期に診断して血腫を除去する手術を行うなど適切に対応する必要があり、緊急度が高い病態です。
頭部外傷が原因で生じます。
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、286~287頁)
急性硬膜下出血は、頭部外傷によって硬膜内に生じる血腫です。
硬膜とくも膜には強固な結合がないために、血腫が広がりやすく、出血源の局所よりも広がった血腫を形成します。
頭部CTでは、脳挫傷が起こりやすい前頭葉や側頭葉を中心とした脳表に広がる形で三日月型の出血像が確認できます。
出血源は、本来はくも膜下を走行する血管や架橋静脈で、脳組織全体の損傷を伴うことが多いです。
架橋静脈の損傷は強い回旋力が頭部に加わって生じますので、びまん性脳損傷を伴うことが多いです。
血腫は、外力が及んだ側にも、その反対側にも起こりえます。
原因となる頭部外傷ですが、骨折とは必ずしも関係しません。(この点、頭蓋骨骨折と関係性が高い急性硬膜外血腫とは異なります。)
児童虐待事案でたびたび問題になる揺さぶられっ子症候群なども急性硬膜下血腫と言われます。
また、スポーツ現場において、脳震盪後の再打撃や繰り返す脳震盪により急性硬膜下血腫を引き起こすこともあります。
急性硬膜下血腫の症状
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、283~284、286頁)
意識障害
受傷直後から意識障害が認められ、血腫の増大や脳浮腫の合併進行に伴って、症状が悪化するのが急性硬膜下血腫の典型例です。
急性硬膜外血腫の典型例と同様、一旦意識が回復する症例もありますが(意識清明期)、脳実質の損傷が軽微で、血腫も少ないものに限られます。
→意識障害の一般論は遷延性意識障害の記事で整理しております。
局所神経症状(神経局所症状:巣症状)
急性硬膜下血腫による脳の圧迫によって、(あるいは脳挫傷等で脳実質の損傷を伴うケースではそれ自体によって、)局所の脳機能に関連する症状が出現することがあります。
最も把握しやすい症状は運動麻痺や言語障害ですが、けいれん発作を伴って一過性に症状が悪化する場合もあります。
生命徴候
血腫が増大すると、圧迫や障害を受ける脳局所の症状の増悪はもちろん、頭蓋内圧の亢進により脳ヘルニアにつながります。
テント切痕ヘルニア(鉤ヘルニア)では、急速に昏睡に陥って、瞳孔不動(血腫圧迫側の瞳孔散大)と対光反射の消失、血腫と反対側の片麻痺などを生じます。
脳ヘルニアがさらに進行すると、血圧や脈拍といった様々な生命徴候の異常がみられるようになり、生命が脅かされる状況になります。
※脳ヘルニア
頭蓋内は、硬膜でできた大脳鎌と小脳テントによって大まかに3つのコンパートメント(区画)に分けられています。
通常、硬膜で仕切られたコンパートメントに納まっている脳が、血腫や腫瘍などの占拠性病変や部分的な浮腫によって本来の位置から押し出される状態を脳ヘルニアと言います。
押し出された部位も、それにより圧迫された先の組織まで圧迫・変形するため、様々な神経症状をきたします。
脳ヘルニアが起きると、逸脱した組織の循環障害や脳幹の圧迫などによって生命維持が困難になる危険があるため、早期の診断・治療が重要です。
先ほど記載した「テント切痕」とは、小脳テントの開口部を指します。
治療指針と予後について
(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、286頁)
急性硬膜下血腫が頭蓋内圧亢進の要因になっている場合には、開頭手術により血腫除去術が緊急で必要になります。
脳損傷の程度が軽微な場合や、早期に血腫除去を行う対応ができる場合は比較的良い予後になりますが、受傷早期から意識障害が重度である場合や脳損傷が高度な場合には、予後は不良です。
急性硬膜外血腫とは異なり、脳挫傷やびまん性脳損傷などの脳損傷を伴うことが多いため、血腫による圧迫以外に、脳損傷に起因する巣症状、続発・併発する脳浮腫によって、症状も多彩で重症化しやすいと言われています。
認定されうる後遺障害等級
自賠責保険に関する法令である自動車損害賠償保障法施行令の別表に示される後遺障害を整理すると以下のようになります。
先ほども記載しましたが、急性硬膜下血腫は脳挫傷やびまん性軸索損傷などの脳損傷を伴うことが多いので、血腫による圧迫以外に、脳損傷に起因する巣症状、続発・併発する脳浮腫によって、症状も多彩で重症化しやすいと言われています。
高次脳機能障害
外傷性硬膜外血腫に合併して脳挫傷等の脳損傷が生じた場合、認定の可能性があり、次のような目安で後遺障害等級の認定がなされます。
→高次脳機能障害の等級認定に必要な検査や書式等は「高次脳機能障害の等級認定と金額について」の記事で整理しています。
別表第一第1級1号 | 「高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」をいい、「身体機能は残存しているが高度の痴ほうがあるために、生活維持に必要な身のまわり動作に全面的介護を要するもの」もこれにあたります。 |
別表第一第2級1号 | 「高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの」をいい、「著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの」がこれにあてはまります。 |
別表第二第3級3号 | 「生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、高次脳機能障害のため、労務に服することができないもの」をいい、「自宅周辺を1人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの」がこれに該当します。 |
別表第二第5級2号 | 「高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができないもの」をいい、「単純くり返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの」がこれに該当します。 |
別表第二第7級4号 | 「高次脳機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないもの」をいい、「一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの」がこれに該当します。 |
別表第二第9級10号 | 「通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」をいい、「一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの」がこれに該当します。 |
身体性機能障害
→身体性機能障害の認定区分の詳細について(「高度」、「中程度」、「軽微」が何を指すのか等)は、脳挫傷の後遺症の記事で整理しています。
別表第一第1級1号 | 高度の四肢麻痺、中程度(常時介護)の四肢麻痺、高度(常時介護)の片麻痺 |
別表第一第2級1号 | 中程度(随時介護)の四肢麻痺、高度の片麻痺 |
別表第二第3級3号 | 中程度(除く介護)の四肢麻痺 |
別表第二第5級2号 | 軽度の四肢麻痺、中程度の片麻痺、高度の単麻痺 |
別表第二第7級4号 | 軽度の片麻痺、中程度の単麻痺 |
別表第二第9級10号 | 軽度の単麻痺 |
別表第二第12級13号 | 軽微の四肢麻痺、軽微の片麻痺、軽微の単麻痺 |
四肢麻痺とは左右の上肢と下肢に麻痺が出ているものを言います。
片麻痺とは一側の上肢と下肢に麻痺が出ているものを言います。右上肢と右下肢、あるいは左上肢と左下肢の2種です。
単麻痺とは、左右の上肢と下肢のどれか1肢にのみ麻痺が出ている場合を言います。
感覚器の機能障害
各感覚器の機能障害に準じての等級認定になります。
脳神経損傷によって生じる場合と同様の区分になりますので、脳神経損傷を合併することの多い頭蓋底骨折の記事で詳細を記載しております。
外傷性てんかん
外傷性てんかんの発生には脳の局所損傷が関与しており、急性硬膜下血腫を含む急性頭蓋内血腫が認められる場合、外傷性てんかんの発症リスクが高まります(標準脳神経外科学第16版(医学書院)、281頁)。
脳の損傷によりてんかん発作を起こすものが認定の対象になりますが、1ヶ月に2回以上の発作がある場合には、通常、高度の高次脳機能障害を伴うので、脳の高次脳機能障害にかかる別表第二第3級以上の認定基準により後遺障害等級を認定するとされています。
→外傷性てんかんの場合に必要な検査等についてはこちらの記事で整理しています。
別表第二第5級2号 | 1ヶ月に1回以上の発作があり、かつ、その発作が『意識障害の有無を問わず転倒する発作』または『意識障害を呈し、状況にそぐわない行為を示す発作』(以下『転倒する発作等』といいます。)であるもの |
別表第二第7級4号 | 転倒する発作等が数ヶ月に1回以上あるもの、または転倒する発作等以外の発作が1ヶ月に1回以上あるもの |
別表第二第9級10号 | 数ヶ月に1回以上の発作が転倒する発作等以外の発作であるもの、または服薬継続によりてんかん発作がほぼ完全に抑制されているもの |
別表第二第12級13号 | 発作の発現はないが、脳波上に明らかにてんかん性棘波を認めるもの |
ここでいう「転倒する発作」の例としては、次のようなものがあります。
1 | 意識消失が起こり、その後ただちに四肢等が強くつっぱる強直性のけいれんが続き、次第に短時間の収縮と弛緩を繰り返す間代性のけいれんに移行する強直間代発作 |
2 | 脱力発作のうち、意識は通常あるものの、筋緊張が消失して倒れてしまうもの |
また、「意識障害を呈し、状況にそぐわない行為を示す発作」の例としては、「意識混濁を呈するとともに、うろうろ歩き回るなど目的性を欠く行動が自動的に出現し、発作中は周囲の状況に正しく反応できないもの」があります。
失調
外傷性硬膜下血腫に合併して脳挫傷等の脳損傷が生じ、小脳損傷が生じた場合、認定の可能性があります。
小脳は両側の半球と中央の虫部で構成されていますが、小脳虫部の障害では、平衡機能や起立、歩行が障害され、体幹運動失調を伴います。
他方、小脳半球の障害では同側の上下肢の運動失調や協調運動障害がみられ、測定以上、筋緊張低下、反跳運動、構音障害、眼振などの症状が現れます。
運動失調とは、明らかな麻痺がないにもかかわらず、随意運動や姿勢を正常に保つための協調運動ができない状態のことを指します。
協調運動障害とは、いくつかの筋の協調運動がスムーズに行えない状態を指します。
(標準脳神経外科学(医学書院)、40頁)
失調、めまい及び平衡機能障害として、次のような区分があります。
別表第二第3級3号 | 生命の維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、高度の失調または平衡機能障害のために労務に服すことができないもの |
別表第二第5級2号 | 著しい失調又は平衡機能障害のために、労働能力が極めて低下し一般平均人の1/4程度しか残されていないもの |
別表第二第7級7号 | 中等度の失調または平衡機能障害のために、労働能力が一般人の1/2程度に明らかに低下しているもの |
別表第二第9級10号 | 通常の労務に服することはできるが、めまいの自覚症状が強く、かつ、眼振その他平衡機能検査に明らかな異常所見が認められ、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの |
別表第二第12級13号 | 通常の労務に服することはできるが、めまいの自覚症状があり、かつ、眼振その他の平衡機能検査の結果に異常所見が認められるもの |
別表第二第14級9号 | めまいの自覚症状はあるが、眼振その他平衡機能検査の結果に異常所見がみとめられないものの、めまいのあることが医学的に見て合理的に推測できるもの |
遷延性意識障害
別表第一第1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの。→生命維持に必要な身のまわり処理の動作について常時介護を要するもの |
頭痛
次のような区分があります。
別表第二第9級10号 | 神経系統の機能または精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの |
別表第二第12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの |
別表第二第14級9号 | 局部に神経症状を残すもの |
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交通事故等の頭部外傷で急性硬膜下血腫を受傷した場合、加害者に対しての損害賠償請求を適切に行うためには、受傷態様や残存した後遺障害についての立証資料を適切に収集する必要があります。弁護士法人小杉法律事務所の所属弁護士に是非ご相談ください。