【逸失利益】とは?意味やポイントについて損害賠償請求専門弁護士が解説!
2024.11.19
損害賠償請求
逸失利益とは何かを一言で言うならば、本来将来にわたって得られるはずであったのに、不法行為等の被害に遭ったことで得られなくなった利益のことです。
一言で表すのは簡単ですが、将来にわたって得られるはずであったのに得られなくなった利益ということは、
正確な金額を算定することは困難です。
しかし、被害者にとって逸失利益は損害賠償金の大半を占めることも多いですから、
いい加減な算定をされるということはあってはなりません。
したがって、損害賠償請求実務においては可能な限り蓋然性のある額を算出するよう努めるために、
被害者の方一人ひとりの事故前の生活や、将来起こりえたことを想像し、それを金額に反映するための努力がされており、
様々なパターンが存在しています。
以下ではその逸失利益計算のパターンについて、損害賠償請求専門弁護士が解説いたしますが、
逸失利益計算の本質は、まさに被害者の方が事故に遭わなければどんな未来を歩んでいたかを想像することですから、
逸失利益についてご疑問をお抱えの方は是非一度損害賠償請求専門弁護士にご相談ください。
後遺症逸失利益の計算式は?
そもそも損害賠償請求実務における逸失利益は、労働を前提としています。
将来にわたって得られるはずであった「利益」は、労働の対価として得られるはずであった「収入」を基礎に検討がされます。
したがって原則として逸失利益の請求は、事故により被害者が労働の能力を喪失した場合にのみ認められるものになります。
労働能力を喪失するというのは、被害者に後遺症が残ってしまった場合と、被害者が亡くなってしまった場合の2パターンに分けられますから、
まずは1つ目の被害者に後遺症が残ってしまった場合についてみていきましょう。
被害者に後遺症が残ってしまった場合の逸失利益を後遺症逸失利益と言いますが、
後遺症逸失利益の計算式は、
後遺症逸失利益=基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(に対応するライプニッツ係数) |
で表されます。
1つ1つ順番に見ていきましょう。
基礎収入の詳しい解説!
基礎収入は、まさに逸失利益の計算の基礎となる収入のことです。
損害賠償請求実務全般において大きな影響力を誇り、交通事故・労災・学校事故・介護事故などどの分野において基準となっている、
『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』(公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編)では、
「逸失利益算定の基礎となる収入は、原則として事故前の現実収入を基礎とする」とされています。
一方で「将来、現実収入額以上の収入を得られる立証があれば、その金額が基礎収入となる。」ともしています。
原則として事故前の現実収入を基礎とするわけですから、事故前どのようにして収入を得ていたかによって計算の仕方が変わることになります。
それぞれ見ていきましょう。
給与所得者の後遺症逸失利益計算における基礎収入
給与所得者の後遺症逸失利益計算における基礎収入は簡単で、事故前の収入です。
ここでいう給与所得者にはパート・アルバイトの方も含まれます。
実務においては事故前年の源泉徴収票などを用いて「前年これだけの収入を得ていたのだから、将来もこれくらいの収入を残していたはずだ」と主張することになります。
とはいえ、勤続年数に応じて昇給する給与体系を採用している企業が多いものと思われますから、
そういった昇給についても立証すれば当然基礎収入で考慮されることになります。
とりわけ、事故時概ね30歳未満の若年労働者については、将来の昇給を考慮せず事故時の給与をそのまま逸失利益計算の基礎とすることはあまりに被害者に酷です。
ですから『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』では、
「若年労働者(事故時概ね30歳未満)の場合には全年齢平均の賃金センサスを用いるのを原則とする。」とされています。
この賃金センサスとは、厚生労働省が発表している賃金構造基本統計調査のデータになります。
大阪地方裁判所平成16年9月10日判決(自保ジャーナル1582号12頁)では、症状固定時21歳であった引っ越し作業アルバイトの男性につき、
後遺症逸失利益算定の基礎収入を男性学歴計全年齢平均の賃金を用いています。
弁護士法人小杉法律事務所でも、
- 事故時20代であった交通事故被害者の逸失利益計算の基礎収入に男性全年齢平均賃金を用いることにより、事故前年の収入ベースでの計算の約2倍の逸失利益を認めさせた事例
- 事故時20代であった交通事故被害者の男性(アルバイト)につき逸失利益計算の基礎収入に男性全年齢平均賃金を用いた事例
など複数の解決事例がございます。
被害者の方が給与所得者の場合には、勤務先の給与体系や就業規則などの情報が手に入ると望ましいですね。
事業所得者の後遺症逸失利益計算における基礎収入
自営業者、自由業者、農林水産業者などのいわゆる事業所得者については、
基本的には申告所得を参考にすることになります。
事業所得者の休業損害を計算するうえでは、
短期間で事業を停止することができないために支払い続けざるを得なかった経費(固定経費)については、
所得と合算したうえで休業損害として請求することが可能です。
しかし、後遺症逸失利益の計算は将来にわたっての話をしますから、
事業継続が困難になれば停止ができるということで、固定経費を合算することはできません。
確定申告をされていない(申告額と実収入額が異なる)方の場合であっても、
立証があれば実収入額を基礎収入とするということになってはいますが、
この立証は高度の証明を必要とします。
具体的には売上・経費ともに会計帳簿や伝票等を一つ一つ積み重ねて立証をしていく必要があります。
ただし、特に経費については立証資料が残っていないことも多いですから、統計資料を参考にして基礎収入を定める場合もあります。
大阪地方裁判所平成8年3月19日判決(交通事故民事裁判例集29巻2号414頁)では、症状固定時28歳であった食料品露天商の男性につき、
9年ほど前に営業を始めたころからつけていたノートに記載されていた収入・経費がほぼ事実どおりに記載されたものと認められるとして、
申告外所得が後遺症逸失利益の計算の基礎収入とされています。
京都地方裁判所平成8年4月10日判決(交通事故民事裁判例集29巻6号1899頁)では、スナック経営の41歳女性につき、
決算報告書等が事故後に作成されたものであること、スナック開店以来、税務申告をしておらず、その他収入を明確に示す客観的な証拠に乏しいことを考慮し、
申告外所得を認めませんでしたが、従業員5名を使用していたという営業規模や出入金の状況等を考慮して、賃金センサスの女性労働者40歳~44歳の平均賃金を基礎収入としました。
ところで、事業所得者の中には、ご家族で事業を営まれていたり、従業員を雇われていたり、あるいは物的設備などからの労務以外によって収益を得ている方もいらっしゃいます。
このようなし、資本利得や家族の労働などの総体のうえで所得が形成されているような事業所得者の方の場合にはどうなるでしょうか。
最高裁判所第二小法廷昭和43年8月2日判決(民事裁判例集22巻8号1549頁)では、
「企業主が生命もしくは身体を侵害されたため、その企業に従事することができなくなつたことによつて生ずる財産上の損害額は、原則として、企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきであり、企業主の死亡により廃業のやむなきに至つた場合等特段の事情の存しないかぎり、企業主生存中の従前の収益の全部が企業主の右労務等によつてのみ取得されていたと見ることはできない。したがつて、企業主の死亡にかかわらず企業そのものが存続し、収益をあげているときは、従前の収益の全部が企業主の右労務等によつてのみ取得されたものではないと推定するのが相当である。」
と判示されています。
上の判例は被害者の方が死亡した場合の判例ですが、同じ考え方が後遺症逸失利益の計算にも当てはまり、
資本利得や家族の労働などの総体のうえで所得が形成されているような事業所得者の方の逸失利益の計算は、所得に対する本人の寄与部分の割合によって算定されます。
では実際にこの所得に対する本人の寄与部分の割合をどのように判断するかというと、
- 事故前後の収支状況、営業状況
- 業態・業種(人脈などが経営に大きな影響を与えるものや、俳優やスポーツ選手など本人の才能により収益が上がる業種)
- 本人の職務内容や稼働状況
- 家族や他の従業員の給与額や関与の程度
などをもとに判断がされます。
会社役員の後遺症逸失利益の計算における基礎収入
会社役員の報酬は、立証に関する証拠が給与所得者の場合と比較して曖昧であることや、
法人税の負担軽減のために増額されている可能性があること、そして実質的な利益配当部分が含まれていることから、
後遺症逸失利益の計算における基礎収入の算定にあたっては問題になることが多いです
(なお、会社役員の方が給与として得ている収入については、給与所得者と同じような考え方になります。)。
現在の実務上一般化しているのは、先ほどまでみたような事業所得者の場合と同じように、
役員報酬の中で、被害者本人の労務への対価として支払われていると認められるものに関してのみ、基礎収入とする考え方になります。
これは、先ほどみた最高裁判所第二小法廷昭和43年8月2日判決(民事裁判例集22巻8号1549頁)の判断と同様の趣旨になります。
では実際にどうやって労務対価部分がどこかを判断するかというと、
- 会社の規模(及び同族会社か否か等)
- 利益状況
- 本人の地位や職務内容
- 年齢
- 役員報酬の額
- 事故後の報酬額の推移
等を総合考慮して判断することになります。
実質的な個人会社の場合や、小規模の会社であって、被害者に後遺症が残ってしまったことにより会社の存続が困難となり、廃業に至ったような場合では、
利益配当部分の側面を含む役員報酬の額も減少ないし消滅するわけですから、
そのような場合には実質的に役員報酬の全額が労務対価部分と評価される可能性があります。
家事従事者の後遺症逸失利益の計算における基礎収入
被害者の方が家事従事者であった場合、もちろん家庭においては多くの利益を生み出していることは確かですが、
実質的な収入額として算定するのはかなり困難であろうと思われます。
実際に、最高裁判所第二小法廷昭和49年7月19日判決(民事裁判例集28巻5号872頁)が出るまでは、家事従事者の後遺症逸失利益を否定する考え方もみられました。
しかし、この判決がでたことで、家事従事者の後遺症逸失利益を肯定する見解が判例上確定しています。
同判決では以下のように判示されています。
「おもうに、結婚して家事に専念する妻は、その従事する家事労働によつて現実に金銭収入を得ることはないが、家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるものであり、これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなければならないのであるから、妻は、自ら家事労働に従事することにより、財産上の利益を挙げているのである。一般に、妻がその家事労働につき現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情によるものというべきであるから、対価が支払われないことを理由として、妻の家事労働が財産上の利益を生じないということはできない。のみならず、法律上も、妻の家計支出の節減等によつて蓄積された財産は、離婚の際の財産分与又は夫の死亡の際の相続によつて、妻に還元されるのである。 かように、妻の家事労働は財産上の利益を生ずるものというべきであり、これを金銭的に評価することも不可能ということはできない。ただ、具体的事案において金銭的に評価することが困難な場合が少くないことは予想されうるところであるが、かかる場合には、現在の社会情勢等にかんがみ、家事労働に専念する妻は、平均的労働不能年令に達するまで、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当である。」
この判決では、家事労働を他人に依頼すれば当然相当の対価の支払いが必要になる以上、家事従事者は財産上の利益を挙げているのであって、
その額(基礎収入)は、現在の社会情勢等にかんがみ、賃金センサスより産業計企業規模計学歴計女性労働者の全年齢平均の賃金額とすべきであるとしています。
この判例をみると分かるように、家事に従事者するのは当然に妻であるように考えられています。
この考え方は、まさにこの判決が出された「現在の社会情勢等」にかんがみれば、そうだったのでしょう。
しかし、この記事を書いている「現在の社会情勢等」にかんがみると、もはや家事労働は妻がやるというのは当然ではありません。
夫婦が協働して行うものという考え方の方が一般的かと思いますし、専業主夫の方もいらっしゃいます。
ところで、いわゆる兼業主婦(家事をしながら仕事もされている方)の場合はどうなるかというと、
女性労働者全年齢平均の賃金額と、お仕事で得られる給与所得とを比較し、どちらか高い方を後遺症逸失利益の計算における基礎収入とすることになっています。
これはなぜかというと、「であり、特別の事情のない限り、家事労働と他の労働を合わせて一人前の労働分として評価するのが相当である」(塩崎勤「主婦有職の主婦は、時間的な制約等から専業主婦と比較して家事労働が質量共に劣るのが通常の逸失利益」判例タイムズ927号23頁)とされているからです。
この考え方が実態に則しているかどうかについては様々な意見があるところかと思われますが、実務上はこの考え方が通底しています。
弁護士法人小杉法律事務所でも、
などがございます。
学生・生徒・幼児等の無職者の後遺症逸失利益の計算における基礎収入
学生や生徒、幼児等は、事故に遭った時に収入を得ていないことが多いです。
したがって、事故に遭わなければ将来にわたってその被害者の方が得ていたであろう利益の算定にあたって、
事故前の収入を参考にするといった方法を取ることができません。
ですが、事故に遭わず、後遺症が残らなかった場合と比較すれば、
受験勉強や就職活動などの大きな人生の転機となる場面で不利に働く可能性があることはもちろん、
就職してからも業務に支障が出たりといったことは大いにあり得ます。
後遺症逸失利益を0円で計算することは実態に則しているとは言えません。
これは亡くなった方の場合の判例ですが、最高裁判所第二小法廷昭和39年6月24日判決(民事裁判例集18巻・5号874頁)では、
「事故により死亡した幼児の得べかりし利益を算定するに際しては、裁判所は、諸種の統計表その他の証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できるかぎり客観性のある額を算定すべきであり、一概に算定不可能として得べかりし利益の喪失による損害賠償請求を否定することは許されない。」
とされており、後遺症が残った場合の逸失利益の計算においてもこの考え方が通底しています。
このできるかぎり客観性のある額を算定するために用いられる諸種の統計表その他の証拠資料というのが、
賃金センサスの産業計企業規模計学歴計男女別全年齢平均の賃金額になります。
なお、事故時大学生であったような場合には、全年齢平均ではなく大卒者の平均賃金を基礎収入とすることになります。
ただしここで注意が必要なのが、就労の始期が遅れるために損をする可能性があるという点です。
具体例として、事故時16歳(高校1年生)の男性Aさんについてみてみましょう。
Aさんは交通事故の被害に遭い、頚部痛の後遺症を残し、自賠責保険により後遺障害等級第12級13号の認定をされました。
後述するようにいわゆるむち打ち症のような神経症状について認定される後遺障害等級第12級13号については、
労働能力喪失期間を10年程度に制限される場合があります。
このような場合に、大卒者の賃金センサスを使うとどうなるでしょうか。
Aさんは高校1年生ですから、大学を卒業するまでにあと6年あります。
最初に述べたように、後遺症逸失利益はまさに労働の対価として得る収入のことを言いますから、
Aさんに後遺症逸失利益が発生するのは社会人になってからの4年間です。
令和4年賃金センサスより大卒男性全年齢平均の賃金は640万2700円ですから、
大卒者の賃金センサスを用いた場合のAさんの後遺症逸失利益は、
640万2700円×14%(後遺障害等級第12級13号の労働能力喪失率)×3.113(10年に対応するライプニッツ係数-6年に対応するライプニッツ係数)
=279万0424円となります。
高卒者の賃金センサスを使った場合はどうでしょうか。
Aさんが社会人になるまではあと2年、Aさんに後遺症逸失利益が発生するのは8年間です。
令和4年賃金センサスより高卒男性全年齢平均の賃金は482万9900円ですから、
高卒者の賃金センサスを用いた場合のAさんの後遺症逸失利益は、
482万9900円×14%×6,6167(10年に対応するライプニッツ係数-2年に対応するライプニッツ係数)
=447万4119円となります。
このように、労働能力喪失期間の終期が比較的近い将来に設定されるような場合では、
大卒者の賃金センサスを使うことがかえって損になる可能性があるので留意しましょう。
ところで、基本的に学生・生徒・幼児等の後遺症逸失利益はの計算においては男女別全年齢平均を基礎収入とすることが多いと述べましたが、
女子年少者の死亡逸失利益の計算においては、男女計全年齢平均の賃金を基礎収入とすることが一般的です。
これは、男女間の賃金格差が縮小しつつある現代の情勢に鑑みたものですが、
いずれ男女間の賃金格差が無視しても良いレベルまで縮小すれば、全学生・生徒・幼児等の死亡逸失利益の計算において、
男女計全年齢平均の賃金額を基礎収入とすることになる日が来るかもしれません。
高齢者の後遺症逸失利益の計算における基礎収入
何度も出てきていますが、損害賠償請求実務における後遺症逸失利益は、
労働の対価として得る収入であることが前提となっています。
ということは、事故時に就労していなかった方については、もともとの収入が0である以上、
将来にわたっても0のままだということで後遺症逸失利益が発生しない可能性もあります。
被害者の方が高齢で、すでに退職していらっしゃる場合なども同様です。
ただし、現実として事故前に収入を得ていた方はもちろん後遺症逸失利益が認められますし、
事故時に働いていなかった場合であっても、収入を得る蓋然性があった人についても認められます。
このような方の場合は学歴計男女別年齢別平均の賃金額が基礎となることになります。
東京地方裁判所平成26年9月10日判決(交通事故民事裁判例集47巻5号1133頁)では、
交通事故被害に遭い併合7級の後遺障害等級が認定された症状固定時66歳の高卒の男性について、
定年退職後具体的な就労の予定はなかったものの、事故当時両親の介護をしていたことや、
ホームヘルパーとして稼働することを考えて介護保険法施工令所定の研修を修了していたことなどから、
賃金センサス男性高卒65歳~69歳平均の賃金313万7100円の7割を後遺症逸失利益の基礎収入と認定しています。
無職者(失業者)の後遺症逸失利益の計算における基礎収入
後遺症というものは基本的には亡くなるまで影響があるものですから、
事故時にたまたま職に就いていなかったからといってそこから将来にわたってその方が亡くなるまで一切収入を得ていなかった、と推測するのはあまりに被害者に酷です。
とはいえ、実際のところ働く意欲や能力がなかった人にも、逸失利益を認めるというのもかえって実態に則しているとは言えなくなります。
したがって実務上は、「労働能力及び労働意欲があり、就労の蓋然性があるものは認められる。」という考え方が一般的です。
具体的な事例をみてみましょう。
札幌地方裁判所平成29年3月10日判決(交通事故民事裁判例集50巻・2号277頁)では、勤務先の会社を事故前にうつ病により退職していた男性(症状固定時30歳)について、
うつ病により就業可能な状態ではなかったが、事故の後に障害者枠による契約により、週4日実働5時間の就労をしていたことから、
将来にわたって就労する蓋然性が認められています。
この方は後遺症逸失利益の計算における基礎収入として、退職前の給与である約300万円を認定されています。
このように無職者(失業者)の方の逸失利益の計算においては、特段の事情のないかぎりは失業前の収入を参考とすることになります。
なお、失業前の給与が平均賃金以下であるものの、平均賃金が得られる蓋然性がある場合は、男女別の賃金センサスを参考にすることになります。
一方で、神戸地方裁判所平成17年5月31日判決(自保ジャーナル1627号)では、事故時58歳の男性について、
生活扶助等を受けていたものの、事故当時就労能力及び就労意欲が全く欠けていたとまでは認めがたく、
就労の可能性が全くなかったとは言えないとしつつ、
実際の就労の可能性や年齢等を踏まえて、基礎収入は男性労働者の全年齢平均賃金の50%とされています。
また、静岡地方裁判所平成18年1月18日判決(自保ジャーナル1623号)では、事故時62歳の女性について、
事故の5か月前に退職し、その後ハローワークに通い就職先を探していた事実を認めつつも、
就職先が見つかっていなかったことや、年齢からして就職活動は相当な困難を伴うとし、
基礎収入は女性労働者63歳の平均賃金の50%とされています。
以上のような判例を踏まえると、無職者(失業者)の方の逸失利益の計算における基礎収入は、
次のような考え方を取っているということができるでしょう。
- 被害者に就労意欲が全くない場合、もしくは健康上の問題により就労能力が全くない場合と認められない限り、逸失利益を否定することは躊躇せざるを得ない。
- 具体的な就労先が決まっていた場合や、再就職の可能性が認められる場合には、平均賃金を減額せず基礎収入とされる可能性が高い。
- 稼働していない期間が長く、就労の具体的な見通しがないような場合には、平均賃金の減額は避けられない。
弁護士法人小杉法律事務所でも、
交通事故に遭った後ご退職された方について、逸失利益の計算における基礎収入を退職前の給与と認めさせた事例などがございます。
ここまでみてきたように、後遺症による逸失利益の計算における基礎収入は、
事故前の収入を原則としながらも、将来にわたっての利益を算定するという特性上、
「この被害者の方が事故に遭わずに今後も生活していれば…」というストーリーを想像することが必要であることがわかります。
そのうえで、単に想像するだけでなく、裁判所をはじめ加害者側にも一定の納得を得られるようなラインに設定すべきで、
それによく用いられるのが賃金センサスにおける平均賃金であると言えるでしょう。
労働能力喪失率の詳しい解説
労働能力喪失率とは、まさに労働の能力を喪失した率です。
何度も出てきているように、逸失利益は「将来にわたって得られるはずであったのに事故に遭い後遺症が残ってしまったことにより得られなくなった利益」ですから、
就労(労働)が前提とされています。
したがって、損害賠償請求実務においては、
逸失利益算定の際に、事故に遭わなかった場合と比較して労働能力をどれくらい喪失したかという観点を外すことはできません。
この観点を考慮するために計算式に入ってくるのが労働能力喪失率というわけです。
労働能力喪失率は、労働省労働基準局長通牒(昭和32年7月2日基発第551号)別表労働能力喪失率表 (厚生労働省ホームページより)を参考とするとされていますが、
被害者の職業、年齢、性別、後遺症の部位、程度、事故前後の稼働状況等を総合的に判断して具体的にあてはめて評価するとされています。
示談交渉などにおいては定型的に、後遺障害等級に応じた労働能力喪失率をあてはめることが多いのが実情です。
したがってまずは適切な後遺障害等級の認定を得られることが大前提になります。
そのうえでさらに、被害者の方お一人お一人の生活の実態に応じた数字を用いることを目指していくべきです。
また、醜状障害や、せき柱や体幹骨の変形障害などのように、後遺障害等級に応じた労働能力喪失率をあてはめる主張が簡単に通らないような後遺障害もありますので、
損害賠償請求専門弁護士に一度ご相談されることがお勧めです。
労働能力喪失率全体については、逸失利益に影響を与える【労働能力喪失率】とは?弁護士が解説!のページで解説しておりますのでよろしければご覧ください。
ライプニッツ係数の解説
後遺症逸失利益の計算における最後の要素である、「労働能力喪失期間(に対応するライプニッツ係数)」です。
労働能力喪失期間のそもそもの意味は、まさに後遺症が残ってしまったことによる労働の能力を喪失した期間です。
実務上、後遺症とは「症状固定」を迎えた以後に残存した症状のことを言いますから、
労働能力喪失期間の始期は「症状固定」を迎えた時となります。
(症状固定についての解説はこちらのページから。)
症状固定時が18歳未満の場合は、労働能力喪失期間は18歳を迎えた時になりますが、
基礎収入のところでご説明したように、大学卒業を前提とする場合は、大学卒業時となります。
一方で労働能力喪失期間の終期は、一般に労働期間が終わるとされる時期であり、実務上は原則として67歳とされています。
ただし、職種、地位、健康状態、能力等により67歳以降も労働ができると思われるという主張が認められるような場合は、原則とは異なる判断がされる場合があります。
また、そもそも症状固定時の年齢が67歳を超えるような方の場合などには、逸失利益を即ち0とするわけではなく、
症状固定時の年齢における簡易生命表の平均余命の2分の1を労働能力喪失期間とすることになっております。
このように、労働能力喪失期間は基本的には画一的な基準に基づいて認定がされつつ、
例外的に個別の事情を考慮する運用がされています。
なお、いわゆるむち打ち症による痛みやしびれといった後遺症に認定される後遺障害等級第12級13号や、後遺障害等級第14級9号といった後遺障害については、。
終期を67歳までとする原則から逸脱し、第12級13号の場合は労働能力喪失期間を10年程度に、第14級9号の場合は労働能力喪失期間を5年程度に制限する運用が多く見られます。
これは、むち打ち症による神経症状については、5年や10年といった長い目で見れば、段々と慣れてくる(馴化)、良くなってくるといった考え方が、
裁判基準においても採用されているからです。
一方で、『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』でも、「むち打ち症の場合は、12級で10年程度、14級で5年程度に制限する例が多く見られるが、後遺障害の具体的症状に応じて適宜判断すべきである。」とされているように、
そもそもむち打ち症ではない痛みやしびれ(骨折や神経損傷等)については67歳までの原則が適用されるべきでしょう。
次に、労働能力喪失期間に対応する「ライプニッツ係数」とは、
中間利息を控除するための係数です。
不法行為に基づく損害賠償請求実務においては、賠償金の支払は一時金による支払が原則とされています。
つまり、将来にわたって得られるはずであった逸失利益は将来分まで一気に支払われるということです。
これを資産運用すると、利息分について得をしてしまうことになります。
損害賠償は事故がなかった状態に回復するということを目的としたものになりますから、
事故に遭ったことによって被害者に利益が出てはいけません。
したがってこの利息分を控除するための係数として、ライプニッツ係数という係数を考慮することが通例です。
ライプニッツ係数についての詳しい解説はこちらのページで行っておりますのでご覧ください。
後遺症逸失利益の計算の際に気を付けるべきポイント&弁護士法人小杉法律事務所の解決実績
ここまでみてきたように、後遺症逸失利益の計算は、
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(に対応するライプニッツ係数)という計算式1つで行うことができます。
ですから、被害者側専門弁護士に依頼しなくとも行うことはできます。
しかし、適切な計算のためには、適切な後遺障害等級を獲得することをはじめとして、
被害者の方お一人お一人の個別具体的な事情を踏まえることが必要です。
そういった適切な後遺症逸失利益の計算をすることができるのは、被害者側専門弁護士だけです。
後遺症逸失利益の計算について疑問をお持ちの方は、是非お気軽に弁護士法人小杉法律事務所の弁護士にお問い合わせください。
弁護士法人小杉法律事務所の弁護士へのお問い合わせはこちらのページから。
また以下は弁護士法人小杉法律事務所における後遺症逸失利益に関する解決事例などの一部でございますので、
よろしければご覧ください。
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また、各後遺障害等級ごとの詳細な計算については以下のページをご覧ください。
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減収がない場合の逸失利益の計算は?
ところで、後遺症による減収がない場合の逸失利益の計算はどうなるのでしょうか。
今まで見てきたものはどれも後遺症が残ってしまったことで実際に減収が生じてしまったことを前提としていました。
例えば公務員の方のように、所属する自治体等の規則や条例により給与体系が決まっているような場合には、
たとえ事故による後遺症で働きにくさが残ったとしても、それによる減収は発生しません。
ということは、逸失利益は0円ということになるのでしょうか?
この点について先述の『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』の下巻(講演録編)をみると、
- 中園浩一郎裁判官「減収がない場合における逸失利益の認定」(平成20年赤い本下巻収録)
- 久保雅志裁判官「減収がない場合の消極損害(休業損害及び逸失利益」(令和4年赤い本下巻収録)
の2本の講演があります。
1の講演の際に検討されている裁判例52件のうち、実際に後遺症逸失利益を否定したのは2件、
2の講演の際に検討されている裁判例71件のうち、実際に後遺症逸失利益を否定したのは5件と、
減収がないことを理由に逸失利益の発生が否定されている判例は意外と少ないことがわかります。
後遺障害の中では軽微な部類である14級が認定されているような場合でも逸失利益の発生が肯定されているものが多いです。
ただし、後遺症逸失利益の発生を肯定している判例であっても、
後遺障害等級に応じた労働能力喪失率をそのまま肯定しているわけではなく、低めの労働能力喪失率を認めているものも多くあります。
例えば、大阪高等裁判所平成21年9月11日判決(自保ジャーナル1813号4頁)では、
事故により第9級10号に該当する高次脳機能障害が残存すると認定された症状固定時23歳の女性につき、
復職しており減収がなかったものの、具体的な事実(※)を考慮して44年間(67歳まで)30%の労働能力喪失率を認めています。
労働能力喪失率表においては、第9級に該当する後遺障害に対応する労働能力喪失率は34%とされていますから、
5%ほど低く設定されていることがわかります。
※ここでいう具体的な事実というのが、後遺症による減収はないものの逸失利益を認めた事例で重要になるものです。
先述の講演録でまとめられている、「具体的な事実」は以下のようなものです。
考慮される事情① 昇進・昇給等における不利益
症状固定時に減収がなくとも、将来の昇進や昇給等に、後遺症が残っていることが考慮されて不利益になる可能性があるような場合は、
当然将来にわたっては利益を失っている(逸失利益が発生している)ということができます。
考慮される事情② 退職・転職の可能性や勤務先の規模・存続可能性等
そもそも後遺症が原因で退職せざるを得ないような場合には減収が発生することは明らかですが、
転職の場面においても後遺症が残っていることが、不利に考慮される事情になることは否定できません。
したがって退職や転職を余儀なくされる可能性があることは、
将来的な減収につながる可能性があり、考慮すべきです。
また、勤務先の規模や存続可能性も重要です。
勤務先が大企業であり、将来にわたる存続可能性が高いような場合には、
被害者の労働環境が将来にわたって急変しないことを予測させる要素になります。
性質は少し違いますが、公務員の方などはこの考慮要素が大きく影響しますね。
考慮される事情③ 業務への支障・生活上の支障
実際に業務に支障が出ているような場合は、今は減収が出ていなくとも、
将来的には減収が発生する可能性が高いといえるため考慮が必要です。
また、生活上の支障が考慮されることもあります。
逸失利益は労働と密接に結びつくものですから、生活上の支障を考慮することは意外かもしれません。
しかし、労働は労働だけで成り立っているわけではありません。
通勤などは想像しやすいですが、休暇や休業があるからこそ労働ができるわけでもあります。
休暇や休業は労働には分類されず、生活に分類されると思いますが、労働と密接にかかわっている以上、
生活上の支障を全く考慮しないということも不合理かと思われます。
また、女性の若年労働者の場合は将来的に結婚して家事従事者になる可能性があることを踏まえると、
たとえ今の業務で減収が生じていなくとも、将来的に家事従事者となった際に不利益が生じる可能性があります
(共働きや専業主夫などの考え方も一般化している現在では女性に限ったものではなくなるかもしれません。)。
考慮される事情④ 本人の努力や勤務先、同僚の配慮
被害者本人が事故前はしていなかった特別な努力をすることで、
減収が生じないようにしているような場合があります。
具体的には鎮痛剤等を服用するようになったことや、リハビリを続けたりすることで症状を一時的に軽減するように努めているような場合や、
メモを多くとるようにしたり、残業を多くしたりすることで、事故前にこなせていた業務量を確保しているような場合などがあげられます。
こういった努力が67歳まで継続することは不確定ですから、将来の減収をうかがわせる事情として考慮すべきです。
また、勤務先や同僚の配慮によって、減収が生じていないこともあるでしょう。
しかし、被害者が配置換えを余儀なくされたり、転職を余儀なくされたりするような場合は、
当然減収の可能性が生じますから、症状固定時に勤務先や同僚の配慮で減収が生じていないことを過剰に評価すべきではありません。
このように、症状固定時(口頭弁論の終結時)に実際に減収が生じていない場合であっても、
将来にわたっての利益の喪失を考慮する後遺症逸失利益の計算においては、様々な具体的な事実から、
減収の可能性を主張し、逸失利益の発生を認めさせるよう努めていくことになります。
死亡逸失利益の計算式は?
ここまでは被害者の方に後遺症が残ってしまった場合を見てきましたが、
事故の中には被害者の方が亡くなってしまうものもあります。
逸失利益が、将来にわたって本来であれば得られるはずであったのに得られなくなった利益を指す以上、
基本的な考え方は後遺症逸失利益と同じです。
しかし、被害者の方が亡くなってしまった場合は、働きにくさが残るといった話ではありませんから、
後遺症の逸失利益の計算の際に出てきた労働能力喪失率や労働能力喪失期間といった概念は登場しません。
一方で、死亡逸失利益の計算に特有の概念が、生活費控除率です。
それぞれの要素について順番に見ていきましょう。
基礎収入の詳しい解説
基礎収入の考え方は後遺症逸失利益の計算とほとんど変わりません。
1点だけ異なるのは、死亡逸失利益の計算の場合は、年金収入についても基礎収入に含まれるという点です。
被害者の方が亡くなってしまった場合、本来であれば将来給付があるはずだった年金が受け取れなくなってしまいますから、
年金についても逸失利益として認定しなければ被害者にとって酷です。
ですが、年金については逸失利益として認められるものとそうでないものがあります。
国民年金や、老齢厚生年金等の年金については、判例で逸失利益として認められています。
一方で、遺族厚生年金(被害者が亡くなる前に他の方の遺族として受け取っていた年金)については、
最高裁判所平成12年11月14日判決(判例時報1732号78頁)で、「受給権者の生計の維持を目的とした給付であることなど」を理由として、
逸失利益とは認められませんでした。
年金の種類によって、逸失利益として認められるかが変わりますので、
被害者の方が受け取っていた年金が逸失利益として認められるかどうかは弁護士にご質問していただくことをおすすめします。
なお、事故当時に受給資格を満たしていた場合は、
年金の受給が始まっていなくても、将来受給するはずだった年金を逸失利益として認める場合もあります。
東京地方裁判所平成7年10月25日判決(交通事故民事裁判例集28巻5号1519頁)では、
63歳で亡くなった男性について、事故時にすでに国民年金の受給資格を得ており、65歳に達すれば国民年金を受給しえたことから、
逸失利益として認め、満65歳から17年余りの逸失利益を認定しました。
大阪地方裁判所平成17年4月1日判決(交通事故民事裁判例集38巻2号558頁)では、
夫を扶養する事故時59歳の兼業主婦の女性について、事故から4か月後に受給権が発生する老齢厚生年金を逸失利益として認めています。
このように、死亡逸失利益の計算における基礎収入は基本的には後遺症逸失利益の計算の場合と変わりませんが、
年金については特有の考え方があります。
生活費控除率の詳しい解説
生活費控除率とは、将来にわたって得られる利益のうち、生活費として被害者本人が当然に支出する額を差し引くために考慮するものです。
被害者の方が亡くなってしまうということは、
将来得られるはずだった利益が得られなくなることはもちろんですが、
逆に生活費もかからなくなります。
この生活費として支出する部分について考慮しなければ、逸失利益の計算が現実に則したものとは言えません。
このような考え方のもと、裁判基準上は以下のような原則のもと生活費控除率が検討されます。
被扶養者が1人の場合の生活費控除率 | 40% |
被扶養者が1人の場合の生活費控除率 | 30% |
女性(主婦、独身、幼児等を含む)の生活費控除率 | 30% |
男性(独身、幼児等を含む)の生活費控除率 | 50% |
もちろんこれは原則にすぎません。
被害者の方の生前の生活態様によって変わるものです。
生活費控除率についてはこちらのページで詳しく解説しております。
就労可能年数(に対応するライプニッツ係数)についての詳しい解説
就労可能年数は原則として67歳までです。
これは、後遺症逸失利益の計算の際に出てきた労働能力喪失期間と変わりません。
平均余命の2分の1が67歳までの期間より長くなる被害者の方の場合は、
平均余命の2分の1を採用するルールも変わりありません。
未就労者の方の場合に、就労の始期を原則として18歳とするものの、大学卒業を前提とする場合は大学卒業時を始期とするルールも同様です。
一点だけ、年金収入について逸失利益とする場合には、平均余命までを就労可能年数とします
(年金についてはお仕事を終えられてからも、寿命で亡くなられるまで支払が継続されるからです。)。
ライプニッツ係数については後遺症逸失利益の計算の際の説明と全く同じになります。
なお、死亡逸失利益の計算についてはこちらのページでより詳しく解説しておりますので、よろしければご覧ください。
事故のせいで退職した場合の退職金は?
ところで、事故に遭い、退職を余儀なくされた場合には、
その会社で勤め続けていた場合と比較して、もらえる退職金の額が下がってしまうという可能性があります。
このような場合に、下がってしまった分の退職金(退職金差額)を、逸失利益として相手方に対して請求することはできないのでしょうか?
被害者が亡くなってしまった場合と後遺症が残ってしまった場合とに分けてみていきます。
事故に遭い亡くなってしまったことにより退職を余儀なくされた場合の退職金差額
被害者が事故に遭い亡くなってしまった場合、
事故と退職との間の因果関係は明白です。
したがって事故に遭い亡くなってしまったことで退職金が減額されたということ及びその額について証明ができれば、
当然に請求は認められるはずです。
一方で、逸失利益は将来の話をしている以上は、確実な証明などはできません。
被害者本人が転職をする可能性はもちろんですが、勤めていた会社が倒産したり、経済情勢の変化などで退職金の水準が定年まで維持されないといった可能性もあります。
ではだからといって退職金差額の請求は算定ができないので不可能ですとしていいものでもありません。
被害者にとって酷ですし、逸失利益は可能な限り蓋然性のある額を算定するように努めるべきであったはずです。
したがって裁判例では、以下のようなポイントで退職金差額についての検討をしています。
退職金規定の有無
まずこれは必要でしょう。
被害者が事故時勤めていた会社に退職金の規定がなければ、事故に遭っても遭わなくても退職金は発生しません。
勤務先との結びつきの強さ
次に必要なのが勤務先との結びつきの強さです。
被害者が最終学歴から継続して事故時の勤務先に勤務していたような場合と、
被害者が何度も転職をした末に事故時の勤務先に勤務していたような場合だと、
将来(定年まで)その勤務先に勤め続けていた可能性は、当然前者の方が高いということができると思います(推測として)。
勤務先の規模
勤務先の規模も必要です。
被害者が20代や30代であった場合、定年退職までの期間、経済情勢は大きく動くはずです。
その経済の波に耐え、退職金を出せる企業かどうかという点を考えると、やはり一定程度の規模の大きい企業でなければ、
退職金が出る蓋然性があるとは言いにくいところがあります。
また退職金差額請求は、単に退職金が出るかどうかではなく、その額も重要です。
つまり、現在の退職金や賃金の水準が定年退職時まで維持されるかどうかという点も重要になりますから、
やはり勤務先の規模は重要になります。
ただし、経済情勢や経営環境等を理由として退職金や賃金の水準が定年退職時まで維持されるか蓋然性が低いから、退職金差額請求をすることはできないというのは早計で、
現在の水準を基礎に割合で控えめな計算を行うなどの手段も検討すべきです。
大阪地方裁判所平成17年12月16日判決(交通事故民事裁判例集38巻6号1697頁)では、
大学卒業後その勤務先での勤務をはじめ、10年勤続していた方について、退職金差額請求を認めつつも、
景気の動向などを考慮したうえで、退職金試算額の7割を認めています。
被害者の地位及び定年退職までの期間
被害者が相応のポストについているような場合や、定年退職までの期間が短いような場合は、
その勤務先で定年まで勤務していた可能性が高いと言えますから、この要素も重要です。
大阪地方裁判所平成20年8月26日判決(自保ジャーナル1786号)では、
勤務日数29年で、60歳(定年退職まであと5年)であった会社員の方に退職金差額請求が認められています。
退職金差額の請求は、以上の要素を踏まえながら行うことが重要です。
事故に遭い後遺症が残ったことにより退職を余儀なくされた場合の退職金差額
ここまでは事故に遭い被害者の方が亡くなってしまった場合の退職金差額についてみてきましたが、
事故に遭った被害者の方が、後遺症が残ってしまった場合はどうでしょうか。
基本的に気を付けるべきポイントは亡くなってしまった場合と変わりませんが、
事故と退職の因果関係については注意が必要です。
事故に遭った被害者の方が後遺症を残して退職した場合、事故と退職の因果関係が争いになることがあります。
被害者の方が寝たきりのような状態になってしまった場合は、当然に事故のせいで退職をせざるを得なくなったということができるでしょうが、
例えば被害者の方がむち打ちで首の痛みを残してしまった場合はどうでしょうか。
勿論仕事に支障が出ることはあるでしょうが、それは後遺症逸失利益で計算されます。
退職金差額を請求するためには事故により退職を余儀なくされたということを認めさせなければなりません。
そうすると、仕事に支障が出るということ以上に辞めざるを得ないほどの何かがあったことを言わなければならなくなります。
川﨑直也裁判官「退職金差額請求について」(平成24年赤い本下巻収録)をみると、
79%以上の労働能力喪失率の認定を受けた事案4件のうち、退職金差額請求が認められた事案は3件あった一方で、
労働能力喪失率が20%以下の認定を受けた事案5件のうち退職金差額請求が認められたのは1件のみでした。
またその1件(大阪地方裁判所平成15年5月30日判決(自保ジャーナル1521号))は、
事故で複視を残してしまったタクシー乗務員の方で、かつ定年退職までの期間が1年7か月ということで、
後遺障害が職務内容に強く影響しており、配置転換などが難しいと思われる場合であったため、事故と退職の因果関係が認められたものと思われます。
このように、事故により後遺症を残してしまった場合の退職金の請求には、
事故と退職との因果関係を認めさせる必要が生じます。
なお、実際のところ逸失利益を原則として67歳まで請求するという関係上、
逸失利益の計算の終期を定年退職時にし、退職金差額を請求するよりも、基礎収入が67歳まで継続するという計算を行った方が、
被害者にとって容易かつ金額が高くなる場合が多いため、退職金差額を逸失利益一般と別に請求する事案はそれほど多くありません。
退職金差額を別途請求することが被害者にとって本当に得になるかをよく検討したうえで行う必要があります。
逸失利益との損益相殺とは?
何度も何度も出てきていますが、
逸失利益とは被害者の方が事故により亡くなってしまったり、後遺症を残してしまったりして、
働くことができなくなったことで得られなくなった利益のことです。
事故(≒加害者)のせいで利益を得られなくなったわけですから、当然に加害者に対して賠償請求をすることができます。
ところで、世の中には加害者に対する賠償請求だけでなく、
亡くなってしまったり、後遺症を残してしまったりした場合に、社会福祉として支払われるものがあります。
このような給付については、その性質が逸失利益と同一性を有する場合には、加害者に対する請求との間で損益相殺をされることになります。
たとえば、
- 健康保険傷病手当金及び障害基礎厚生年金は、逸失利益との損益相殺がされることになります(名古屋地方裁判所平成20年12月10日判決(交通事故民事裁判例集41巻6号1601頁))。
- 国民年金の障害基礎年金の基本部分及び加算部分は、逸失利益との損益相殺の対象になります(名古屋地方裁判所平成20年12月2日判決(交通事故民事裁判例集41巻6号1540頁))。
- 被害者が亡くなった後に遺族に認められる遺族基礎年金や遺族厚生年金は逸失利益に限り損益相殺の対象となります(最高裁判所平成11 年10月22日判決(判例時報1692号50頁))。
- 労災保険法による障害補償給付は、逸失利益に限り損益相殺の対象となります(大阪地方裁判所平成9年5月27日判決(交通事故民事裁判例集30巻3号759頁))。
このように、社会保険給付の中には逸失利益との損益相殺の対象となる場合がありますので、
受け取りの必要性等については弁護士に相談されることをおすすめします。
逸失利益は損害賠償請求専門弁護士に相談!
ここまでみてきたように、逸失利益というたった四文字に、数多くの論点がございます。
事故に遭い、後遺症が残ってしまったり、亡くなってしまったりという事態にならないことが最善であることは言うまでもありません。
ただそれと同じように、後遺症が残ってしまったり、亡くなってしまったりといった事態を適切に賠償金額に反映できないということが最悪であることも言うまでもありません。
将来のifの話をする逸失利益は、事故前の現在の生活をどれだけ反映できるかによって額が大きく変わります。
逸失利益についてはぜひ損害賠償請求専門弁護士にご相談されることをおすすめします。